はてなダイアリー平民新聞

創業2002年か2003年、平民金子の元祖はてなダイアリー日記です。

いつの頃からかおれの手には架空の釣り竿があり愛情であるとか尊敬であるとか口にするには単純で食えないものばかりエサに丸めては架空の海の、しかし実在するある一点に向けてほうりなげていたのだが、常に、届かなかった、でも、おれは飽きることなく、(実際のところは竿とエサを手に持ってツっ立っていただけかもしれない)何度も何度も同じ動作をくりかえし、そしてその身振りこそがおれにとって、生きるあかしのようなもの、いや、てれずに言うなら生きるあかしそのもの、であったのだ、こんな呟きをもらすことも、予測はついたはず、冗談でありながら本当の事、饒舌に、おれは旋回する、高田渡について、Sに。


死んでしまったらどうにもならないのだ。死んでしまってはどうにもならないなんて理屈が、あるわけない、ああ、そんな事はわかってるんだって、現に、おれが日々接する音楽、文学、その大半は死者の残した記録なのだから、ハハ、死んでしまったあとも作品は生き続ける、人々の記憶もまた然り、屁のような言葉、ハハ、そんな言葉は屁でしかない、生きねばならない、生き続ける事、おれは死なない、Sも死なない、I山も死なない、T子も死なない、Y子も死なない、友部正人も死なない、シバも死なない、ボブディランも死なない、死んでしまったのはおまえだけ、ハハ、高田渡、あなたはばかで、みにくい。


おれは死んでしまったおまえを殺したい。殺してやりたいほどに、にくんだ。すべてがおれから遠く、そして近かった。死んだとか生き続けるとか、そんなことはどうでもよかった。すべてはうそで、うそではない、他人事で、おれのことだった、ハナシイ、メメシイ、ミミシイ、クソのような記憶、クソのようないま、ここで、すべてはおれから遠く、そして近かった、おれは焼酎をのみながら、あんたに語りかける、いつか蒼い炎をみた、それは遠い記憶ににた、さわればきえてしまいそうな、あいまいな、日々、日々、ぼくはあなたにあこがれて、ギターをひき、口笛をふいた、毎晩夜通しおきていて、僕は、あなたがうたうとおり、なんにもしてや、しなかった、ぼくは、いつだって、あなたと対峙する自分の姿を想像していた、結局何も言えやしないのだった、あなたは僕に興味がなくて、僕はいままでに、あなたのことを考えすぎたから、僕は、目をふせたまま、そして気づけば、あなたは店を出て、おまえは、ただ、息をして、ものを食い、糞をするだけの人間だった、あなたはおれから近く、そして遠い、おれはないた、おれは酒んだ、あなたの声や、あなたがおれと同じ瞬間を生きているというだけで、それはおれにとって、生きるということだった、おまえはおれを二度殺す、おれはおまえを一度だって殺したことはないのに、おまえはおれを、にどもころす。

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S、高田渡ノシヲシッテ、オレハオマエノコトヲ考エタ、オレガ殺サナイカラ、オマエハイツマデモ死ネナイママ、イツマデモ死ネナイママ、オレハオレノ死ヲカイテ、オマエニダケ、トドケタカッタ、オマエノ目ニ、オレノシルシヲツキツケテ、ソシテ、他人ノ死カラシカ、ヨミガエルコトヲシラナイ、オレノ、ヤサシイ言葉ヲ、今、コロシタイ。S、同ジウタヲウタワナイ事ガ、今モ、コレカラモ、オレタチガ生キテイルトユウ、チンケナ証ナラバ、オレモ、オマエモ、モウ、Tノイタ景色ヲ振リカエッタリハシナイ。振リカエッタリハシナインヤ。