鮭を焼く

 役所と仕事をしていて「年度」という概念を覚えたので、3月31日。今日が年度最終日で、私が愛した須磨海浜水族園最後の日なのだという事もわかる。今日はとても重要な日なのだ。施設は当面残るけれど、運営母体は4月1日から入場料3100円インバウンド高級ホテル野郎に変わってしまう。いつものスマスイのようでいて、いつものスマスイでない。これからしばらくの間、不思議な時間が続くのである。しかしコロナのあれでスマスイはずっと休園したまま、休園期間が小出しに伸びて伸びて、とやっているうちに開園の目処も現在は立たなくて、静かに最終日をむかえる事になった。のでせめて、自分だけでも挨拶しておこうと今日は須磨の海に行くつもりだったが、朝から頭痛がやまず、部屋で寝ていた。ようやく頭痛がマシになってきた午後三時過ぎ「神戸では酒場で黒霧島のことをブラックミストアイランドって呼ぶ人が多いけど他の地域ではどう?」みたいなツイートを書こうと思ったのだけどやめた。妻子を連れ出し花見に出かける。今はホント、野の花の見甲斐がある時期で、地面や石段をじっと眺める。ツタバウンラン、カラスノエンドウ、よもぎ、キュウリグサ、コメツブツメクサ?これはヒメジョオンでもハルジオンとも葉っぱの感じが違っていて源平小菊というやつだろうか。川面に葉っぱを浮かべ、こっちはあっこちゃん号、こっちは●●号、うわ、ムカデのあかちゃん見つけたで、こっちこっち、そんな事を言いながら子供と遊び、葉っぱで競争なんて何十年ぶりやと思った帰り道、子供が自転車のかごのすき間から、先日買ったばかりのハリネズミの人形(ハリちゃん)を落としている事に気付いた。あのな、ざけんなよ、となって自転車でしばらく探すも見つからない。すべてのぬいぐるみを大事にする必要はないが(人にもらったけれどいらない、気に入らないやつだってあるだろう)、大事にしているぬいぐるみを雑に扱うような真似をされると私はほんまに腹が立つ。怒りをぶつけはしないけど。好きじゃないぬいぐるみは捨てても何してもいい。けどそのぬいぐるみ、大事にしてたやつやろ?好きやったやつやろ?じゃあ適当に扱うなよ、落とした事を冗談みたいに笑ってあきらめてんちゃうで、というような事を、言いはしないけどものすごく思って、思った時点で自分にはそういうオーラが出ていて、子はすでに肩を落としている感じだし、妻もわたしがなぜそこまでぬいぐるみにこだわるのか理解しにくい感じで、先に二人を帰らせて自分だけで暗くなるまで来た道を行ったり来たりし、小さなぬいぐるみを探す。結局見つからなかった。ぬいぐるみは大事にせなあかん。自分が「好きだ」と思ったぬいぐるみはなくしたりしたらあかんのだ。探しつかれて腹がヘリ、Fにでも行こうかと思ったが閉まっていた。SさんがHで余ったもやしを持って来てくれたとのこと。夜、まだ少し頭が痛い。鮭を焼く。

きちんと腹を立てたい

 そろそろ毎日書き続けるのがしんどくなってきた。とりあえず年度が変わる今日で、毎日更新はやめにしようと思う。3ヶ月お世話になりました。けっこうおもろかったやろ?月曜日、ツイッターを開くと「志村けん」の名前がずらっと並んでいた。ツイッターはフォローする人間を千人とか二千人くらいにした方がいろいろとおもしろいのはわかっているんだけれど、そうした時の唯一のストレスは、地震が起こった時に「ゆれ」みたいなつぶやきが並ぶことだ。朝ドラ実況、スポーツ実況、オリンピック実況、ワールドカップ実況、そういうなんかこの、どうでもええのがずっら〜〜〜と並んでるのがほんまにうっとうしいと思って、こいつらを殺すわけにいかんねやったら俺がタイムラインを整理するしかないと思ってだいぶ前にフォローする人を二百人くらいにした。そうなるとまあ、静かになって、集団実況というか、みんながみんな同じ事をつぶやいているみたいなんもなくなるしええか、と思っていたんだけれど、そんな静かな自分のツイッターにも「志村けん」の名前がずらっと並んでいた。スーパーを2軒まわって生活用品、野菜やら米やら酒やらをどっさりと買い出しに行く。月曜なのですいていると思ったが、どちらの店もそれなりに混んでいて、子連れ、赤ちゃん連れ、お年寄り単身での買い物がしんどそうだ。途中で少し雨が降ってきて、その雨とは別に関係なく西元町の実香園へ。からあげ定食を食べる。もともと綺麗な店だけれど、店員さんがわりとこう、きちっと手をアルコール消毒しているのが見えて、飲食店の人は今ほんま大変やな……と思った。元町商店街はしっこのイナカフェに行くと元気そうなほうれん草があって買う。夜、録画していて見たかった、となりの人間国宝のやつを見る。NSが国宝になったという話を聞いたからだ。うわ、おもろいなあと思いながら見ていたら、子供が「人間の出てるテレビは見たくない」と不機嫌になり始めて、はやく終わってくれ、Netflixを見たいと怒り出す。おまえなあ、と私も怒り出す。これはてめえだけのテレビとちゃうんや、あっこちゃんのテレビでもある。てめえがアーチボルドの大冒険を見てる時にあっこちゃんがおれこんなテレビ大嫌いやから早く終われとかゆうたらいややろ、てめえもこれからぜったいにそういう事は言うな、あっこちゃんかってな、みたいテレビがあるんや、だあっとれ。みたいな話。家の総テレビ視聴時間を100だとすると99.99を子供がとっているので、人間国宝の知ってる奴が出た回くらい見せてくれよと腹が立った。私だってもっとテレビが見たい。相撲が見たい。野球が見たい。ワイドショーが見たい。小池百合子や安倍晋三の会見をリアルタイムで見てきちんと腹を立てたい。

ヒラメも充分高いのに

 日曜日。肌寒さはあったが気持ちよく晴れていたので子を自転車にのせて海沿いを走る。灘方面まで走ったが、外に出ているのは主に若者、若者、子連れ、子連れ、若者、みたいな構成で、コロナやらなんやらのあれを一切なくして後の世の人が、いま私が見ている絵だけを見たらなんと牧歌的な光景だと思うのではないか。かなしいような爽やかさがあった。S食堂は今どうやろな、とのぞいてみたらあいていたのでラーメンとやきめしと目玉焼きを食べる。この店ではラーメンセット、みたいなものはなくて、それぞれ単品での注文となる。ラーメンとやきめし、と注文した時におばちゃんが「やきめしにスープがついてるけど持ってきてもいい?」と聞いたので最初、何を言われているのか意味がわからなかったけど、意味がわからないなりに、くれるものはもらわないといけないと思って、お願いしますと言ったのだけど、たのんだものが全部来てわかった。そうか、やきめしとラーメンとやきめし用のスープで、スープがかぶるのか。店を出て坂を上がり、灘駅を超えてWEGをのぞく。わたし用の本と子供用の本を何冊か。村上春樹「羊をめぐる冒険」が一挙に掲載された82年の群像を初めてみたが、これは貴重なのではないか。値段は4千円。ツイッターに書いたらそれなりに反応している人がいたのですぐに売れそうな気もする。子供はWEGのソファとベッドを堪能している。私がいる短い間にも店に子連れが二組くらい来ていた。こんな時やからこそどんどん本を買いたいものだ。入った時に「こんにちわ」店を出るときには「ありがとう」。どちらもきちんと言えたので子をほめて、畑原市場へ行き何かを買おうかと思ったが、品物があまり残っていなかった。天平で唯一それだけが残っていた天かすを、凪商店できくらげを買い、西灘文化会館にいたNDに手をふる。灘に来るたびに、灘はええのう、灘はええのうとしみじみ思う。王子動物園でのんびりして、いくつかのゲームをして、メリーゴーランドに乗って、さて帰りますかとなった時に自販機で売られているICEBOXをリクエストされたので買った。ICEBOXのフタを開け、子を後ろにのせて走り出し、信号で止まったタイミングで後ろを振り向くと、手をぶるぶるふるわせながらアイスを食べていて、風も吹いているしそりゃ寒いやろ、と思い、ほんま必死にお菓子とかアイスを食べるんやな、と思った。酒屋を開店したもののめっちゃ忙しい主人公はある日、配達が遅れた事が原因でいけずされて重たい空き瓶を五本いっぺんに持たされる。もう勘弁して、いろいろしんどいねんけどワシみたいな気分の帰り道、バスに乗ってぼんやり車窓からの景色を眺めているとビルの電光掲示板に父の名前が流れた。 

 バスは日比谷を過ぎて築地まではもう一ト息、新橋側の稜という稜は皆ぴかぴかと光って、まぶしく見あげる眼に暗く、お日様はどこにいるのやらもう沈んだのやら、京橋側は一面にただ明るいばかり。数寄屋橋。一条の水、夕映の水、離れて久しいふるさとの水、隅田川、郷愁が水につらなり胸に流れた。一波千波、とろりと静かな残照のそのなかに、輝きなきせせらぎが、こめかみのあたりにちりちりと流れて見えた。はっとした。ねじりきった身の眼の限りに、ロハンという字が顫え顫え消えた。脳溢血! 朝日新聞だ。ニュースだ。尾張町から夢中で駈け戻った。十字路。 

(幸田文「勲章」)

  この文章で出てくる十字路、という言葉が二十年くらい前の自分にはショックだった。だからこのフレーズも当時書き写してよく覚えている。十字路か、なんかかっこええなあと思った。「勲章」をいま読み返すと、この部分よりも翌日主人公が文化勲章をもらった幸田露伴を訪ねた時の帰り、女中から平目を手土産に渡されるところがおもしろい。さらに翌日、子(青木玉)を連れて訪ねると何も知らない父から「(昨日の)鯛はうまかったか?」と聞かれる。女中は、渡すはずだった鯛を隠して、安いヒラメを渡していたのだった。子供は(鯛も平目もわからないので)素直に、おいしかったよと答える。いま私は「安いヒラメ」と書いたが、たぶんそういう事なんだろうなと思って書いた。ここの部分は感覚としてわからなかったのだ。ヒラメも充分高いのにと思って。

そういう場は

 昨日は雨が降っていた事もあって、MTに肉を買いに行った以外はまったく外に出なかった。何をしただろう。子供にどうぶつの森の操作を教えたとかそれくらい。共同通信が「内閣支持率は45パーセントに減少」と報じている。自分がいまの政権に対してもっともあかんなと思うのは弱者や少数者、貧乏人、社会のノイズに対する差別的な眼差し、隣国に対する侮蔑的な眼差し、そういうのが許されるんやなという甘えた空気を醸成している所なのだけれど、それはもう致命的に、1ミリも認める事ができないあかん部分なんだけれど(こんな基本的な事、書いてて恥ずかしい)、でもどれだけ不正が明るみになり、人が死に、家族が泣き、新型コロナウイルスでめちゃくちゃになっても、この段階でこの数字なのだから、多くの人間(彼らによって首を絞められる側の人間でさえも)がなんとなく支持している土壌があるのだから、現実的な認識として、もうどうにもならないだろう、これは動かない、と思う。仮にいま選挙になっても自民党は圧勝するのではないか。すごい時代だと他人事のように感心し、達観する。その心は持っておきたい。これはあきらめるのとはちょっと違うんだ。私は街頭抗議等にこれまでも顔を出して来たしこれからも参加する。そして今後も人前に出るたびにマイクの前で律儀に(名前を書きたくも発したくもないが)ASを批判する。ただそれとは別の、もう一本の頭の回路として「これはどうにもならないだろう」という達観を持っておかないと心が不健康になる。自分の持つ「どうにもならなさ」を理論的に突き詰めると、現状を打開するためには(打開はされないだろうが、部分的であれ風穴をあけるためには)直接行動、つまりは●●の可能性を探る他なく、私がそれを実行する可能性はゼロ。そして●●を期待するのもダサい心性なので避けたい。なんかこのあたりの、芯の部分でのどうにもならなさを、せめて共有出来る人間と静かにしゃべりたいとたまに思う。いたずらに現状を肯定したり、冷笑したり、ややこしい話は苦手だよと何事も見えない、存在しないのだというようにただ笑っていたり、そういう場は、十字路。細雪の11章、読んでいて二十年ぶりくらいに記憶がよみがえったが、最後はこう締められる。

 おもては雨が細かになって、春雨のようなしとしとした物静かな降り方をしていた。雪子は先刻の白葡萄酒が今になって循って来たらしくて、両頬にぽうッと火照りを感じながら、もう阪神国道を走っている車の窓から、微醺を帯びたチラチラする眼で、濡れた舗装道路に映る無数のヘッドライトの交錯をうっとりと見ていた。

 この場面の酔いからの視線のうつろいが二十代のわたしは素晴らしいと思ってノートに書き写した。それを、思い出したのだ。今だったらスマホのメモに書いたりするんだけど昔はそういうのがなかったから本の良い場面は紙に写していた。紙とペンを持って他人の文章を書き写すのはとてもよい。得しかない。流れた時間ごといつまでも覚えている。Kindleのハイライト機能はとても便利だけど、あっさりしすぎて後の記憶に残るものではないだろう。経験上、身体的な負荷がかからないとあかんのだ。フリック入力でスマホに書き写すのはどうか。スマホ筆写もわりと記憶に残るかもしれない。いいかも。わからんけど。いま同じ章を読み返すと会食の場でのこんな文章が谷崎大先生……という感じがする。以下引用「雪子自身も、内々瀬越の飲みっ振りを見て意を強くもし、自分ももっと朗らかになりたいという気もあって、目立たぬように折々口をつけていたが、雨に濡れた足袋の端がいまだにしっとりと湿っているのが気持ちが悪く、酔が頭の方へばかり上って、うまい工合に陶然となって来ないのであった。」(p77)前の10章の冒頭、さあ出かけようという時にふいに降り始めた雨が、この場面の足袋が濡れている描写につながる。そして最初に引用した、濡れた舗装道路に映る無数のヘッドライトの場面につながる。まったく眠くならないので車窓から眺める風景、つながりで幸田文「勲章」を読んでいたらさらに目が覚めた。

「あつまれ どうぶつの森」

 昨日の夜中、寝る前に「細雪」を読んでいて、見合いに行く女たちの用意がなかなか終わらないのに貞之助がしびれを切らし始めた午後4時過ぎ、天気が変わっていく場面の書き方がな、この絢爛さよ、私だったらあれやで「外を見ると雨が降ってきて、次第に本降りになった」みたいな感じでただひらたく書いてしまいそうな所のこの谷崎先生の描き方よ、ぐわんぐわんなるでと思って、やっぱ酒飲みながら細雪を読むのはほんま贅沢やと思った。


 離れの書斎に逃げ込んでいた貞之助は、四時が過ぎてもまだ女たちの支度が済まないらしいので、そろそろ時間を気にしていたが、ふと、前栽の八つ手の葉の乾いた上にパサリと物の落ちる音がしたので、机に凭ったなり手を伸ばして眼の前の障子を開けて見ると、ついさっきまで晴れていた空がしぐれて来て、かすかな雨の脚が軒先にすいすいと疎らな線を引き始めていた。
「おい、雨やで」
と、貞之助は母屋へ駈け込んで、階段の途中から怒鳴りながら化粧部屋へはいった。
「ほんに、降って来たわ。ーー」
と、幸子も窓の外を覗きながら、
「時雨やよってに、じき止むわ、きっと。ーー青いとこが見えてまっしゃないか」
 が、そう云ううちに見る見る窓の外の瓦屋根が一面に濡れて、ざあッという本降りらしい音に変って来た。

 

(中公文庫「細雪」p67)

 昨日はほぼ一日中雨が降っていてずっと家にいた。それで、いまこのコロナのあれやこれやの時代、タイミングに「あつまれ どうぶつの森」が発売された意味について考えた。でかいで。うちの場合はSwitch本体ひとつにダウンロードでソフトを入れている。本体には私、子供、妻のアカウントがあって、それぞれ同じ島に住みながらそれぞれの家を建てて生活している。ゲームには島民呼び出し機能というのがあって、詳しい説明は省くが、3人が揃っている時にそれぞれがコントローラーを持って島でいっしょに遊ぶことが出来るのだ。お互いの家に行ったり、追いかけっこをしたり、釣りや虫取りをしたり、ハンモックに揺られたり、ぶらぶら散歩をしたり。コロナのあれで移動や外出にいろいろと制限がかかる中、どうぶつの森の島は平和で、わたしたちはそこで集合し、何もなかった頃のように遊び過ごしている。

なにもかも雑だ

 子供がゲームをする様子を観察していると、十字キーを押しながらAボタン、みたいな動作が苦手なのだなとわかる。十字キー(移動)なら十字キー、A(決定)ならAと単体でボタンを押して操作するのは出来る。たとえば人としゃべる時。その人の正面に立ちAボタン。セリフが流れる。それを次のセリフに送るためにAボタン。(買い物等で)選択項目が出ると十字キーで選んで、決定のAボタン。これらはいずれも1ボタンの単独操作なのでいけるのだ。しかし例えば建物に入る時、扉の前に立って十字キーを扉側に倒しながらAで入る。これが難しい。木をゆする時も、十字キーを木の方向に倒しながらAでゆする。このような複合操作が難しいのだと、子供の手元とゲーム画面を見ていて気付いた。大人の自分はまったく意識せずにやっているごく簡単な操作だけれど、子供がだいぶ手こずっているのを見て、あ、私が自然にやっている指先の動きひとつさえ、子供はこれから後天的に学んでいくのかとなんだか感心した。スプラトゥーンなんかでも強い選手層は十代である。感心した、なんてノンキに書いていられるのは今のうちで、すぐにどんなゲームでも私よりも上手になるだろう。おとといだったか、東京都知事が会見した直後から東京のスーパーでは生活用品の買いだめが始まったらしい。そりゃ不安になったら買いだめくらい行くやろうと思う。ツイッターのタイムラインを見ていたら、そういうのはよくないみたいなメッセージを伝えたくてか、あるいは買いだめに走るような人らを揶揄したくてか「こちら葛飾区亀有公園前派出所」のキャプチャー画像が拡散されて来た。見なけりゃいいのにと自分で思いながらも見てしまい、内容そのものよりも、この画像に出典も何も記されていない事が気になった。新聞の人生相談記事とか読者投稿欄とかもよくスマホでパシャッと撮っただけのやつがSNSで拡散されているけど、内容ではなく、もう事の是非ですらなく、ただ出典が書かれているかどうかだけが気にかかる。ちなみに今(3月27日現在)ツイッターを「こち亀」と検索すればたぶんすぐに出てくる両津勘吉とメンコ屋のおばあさんの買いだめにまつわる話の出典はコミック89巻「1994年米騒動!の巻」。神経質なのでコミックを買って確認したのだが、ネットで出回っていた(私が見た)画像は、あたかも両津の「買い込んだのかよ 米!」から「50キロも買い込む主婦たちに聞かせたいな」のセリフまでが1ページの場面のようになっている。実際は、p73の一番上のコマ2つを切り取って、p74の一番上の横長のコマをp73の下にくっつけたという加工である。漫画作品のページ構成すら切り貼りして都合よく加工し、それが鋭い事言ってる風な感じで拡散される。なにもかも雑だと思った。

威嚇

 今日は今世紀最重要イベントだと思っていた須磨海浜水族園職員O氏による町歩きイベントがあったので、前々から子供に「今日は特別な日やからな」と言い聞かせていたのだが、前日4時まで酒を飲みながら「あつまれ どうぶつの森」をやっていたせいで一時間近く遅刻してしまい、現場に行っても誰もいない、主催者とも連絡を取れないで、まあ生きてりゃこういう事もあるやろうと頭を切り替え、波打ち際でどうぶつの森をやる日にした。まずローソンに行って子供はからあげ君とグミ、わたしはざるそばとおにぎりと塩唐揚げを買って海へ。波打ち際に来てゲームをやってみてわかったのだが、まぶしすぎて画面がちゃんと見えない。海でやるのはちょっと(明るすぎて)無理やから、今日は自転車でやっててええよ、ととりあえず食事だけすませて長田をぶらぶらし、Tでイカキムチを買おうと思ったが閉まっていたのでJへ。塩辛とチャンジャを買って店を出ようとすると、後部座席で一心不乱にゲームをやる子を見て「この子はかしこなるでえ」と春雨をくれた。下手に話しかけるより黙ってゲームをやってる方がよっぽど楽しいやろうと思って私は無言で自転車をこぎ、道中の景色を見ていた。飲食店であれ散髪屋であれ、店に入るとなんとなく、コロナの影響がありそうな店とあまりなさそうだな、という店はわかる。ひさしぶりに入った散髪屋は、影響がめっちゃありそうという感じだった。今日は海がきれいだった。よその子供たちがスコップを持って何かをほじくり出していた。横断歩道というのは法律上、渡りそうな歩行者や自転車がいれば車は停止しないといけない。しかし、そのつもりで横断歩道を渡ろうとすると、ごくまれに、威嚇するようにアクセルをふかしてきて「おれが先や」と突っ込もうとする車がいる。昨日今日と、立て続けにそういう車に遭遇した。ああいう車はこちらが気にせずに横断歩道を渡ると、結局のところ止まる。歩行者や自転車を威嚇(?)している時点でその存在を視認しているからで、本当にやばい車は威嚇とかがなく普通の顔で突っ込んでくる。何年か前にモーニング娘の方が車で歩行者を跳ねていて、あれがやばい車のパターンだ。突っ込んでくるくせにこちらが無視して一歩踏み出せば一応停止する中途半端なところが気に食わねえ、吉澤さんみたいに堂々と突っ込んで来いよと思うが突っ込んで来られたら死んでしまう。対象(歩行者、自転車)が自分より弱い存在である事をしっかり確認した上で威嚇してくる自動車は、横断歩道付近に白バイやパトカーがとまっていると驚くほど礼儀正しく停止する。条件付き(警察がいない)で強がってくるところが気に食わねえ。お上がいれば大人しいくせに誰も見ていなければアクセル踏むのかこの野郎、というような話を誰かとしたいけれど、ほとんどの自転車や歩行者の人は横断歩道にさしかかっても車が見えたら自分からとまっているから、威嚇系自動車の存在自体に気づかないかもしれない。「あつまれ どうぶつの森」にログインし、子供に手紙を書き、クマのシャツとフラミンゴの置物をプレゼントしておく。

「あつまれ どうぶつの森」

 公園に行くとモンシロチョウが飛んでいた。それを見つけた子供が「チョウチョ!チョウチョ!」と大きな声を出して追いかけて行く。あまりに元気に声を出して蝶を追いかけていくものだから、犬の散歩をさせていた女性が「元気な子やねえ」と感心していた。しかしうちの子供は本来、知らない場所で大きな声を出したり走り回ったりするタイプではなく、公園であれ飲食店であれ、誰か知らん人がいる場所だと、もうちょっと元気でいてくれた方が助かるんやけど、みたいになるくらいになんというか、おとなしい。そんな子がここまで大声を出して、周囲に人がいるにも関わらず懸命に蝶を追いかけている。そうなっている原因はおそらくひとつしかないと私は考えている。大好きな「あつまれ どうぶつの森」と現実の世界との境界が曖昧になっていて、いまこの場所が「あつまれ どうぶつの森」の舞台だと思っているのである。その気持ち、わかるな、とも思った。ゲームにのめり込み過ぎてゲームの世界と現実の世界の境界が溶けていく。なんかわかるぞ、と思って、どうぶつの森やりたいんやろ?と声をかける。自分の足で全部登って、山の上やったらやってもええで、と声をかける。昨日もあれやったしなあと思いながらも子はどうぶつの森のためならどっから力が出てくるんやという感じで山道を登っていく。たとえば傾斜や段差ひとつとっても、私が感じているものの数倍は幼児にとっては大きいわけで、小さな子供の体にどこまでの負荷をかけていいものか、と迷ったりするけれど、体力的にはあり余っているからけっこう登っていく。ただどうなんやろう、大人だったら膝に負担がかかったりするでしょ、ああいうのが幼児の場合は大丈夫なんやろうか。そんな事を考えながら自分も歩いて、目的地に着くと「はい、約束」と手を出し、私のリュックに入っているニンテンドーSwitchしか見ていない。景色とかそういうものには一切興味を示さない。たださっきの公園で声を出してモンシロチョウを追いかけたように、モニターの中の世界で蝶を追いかけたり魚を釣ったりしている。楽しそうだ。とにかく楽しそうだ。そんなに好きやったらなんぼでもやってええで、みたいについ、思ってしまいそうになるけれど、私みたいにやりすぎて目が悪くなったらあれやからな……。行きはプリキュア、帰り道は氷川きよしをスピーカーで鳴らしながら山道を歩く。途中、ウグイスが鳴いていて、これウグイス、山でしか聞かれへんから珍しいんやで、せっかくやからウグイスの声聞こか、ちょっと氷川きよし消してええかな?と聞いて却下される。3月っていうのは春になる前のあったかくなってくる時で、あっこちゃんは今のほら、道が光ってきれいやろ、ツツジのうすーい紫の花が光ってて、今のこの道があっこちゃんは好きやな、という話を聞かせる。こういう話をする時、30秒に一回くらい、そうやろ?そう思うやろ?と声をかける。子供は沖縄民謡の慣れた囃子のように「そうだね」と答える。おまえ今どうぶつの森の事しか考えてへんやろと思った。

初めてしっかりと山に登った日

 午前中、映像研の最終回を見たりプリキュアを見たり、どうぶつの森のやり方を教えたりして過ごした後、よし気合い入れるかと、たこ焼きを持って山をパトロール。いま、山に行ったらツツジが綺麗やから見とかなあかんで絶対、と説明し、道中、ここ、ここの道や、ほら光があたっててきれいやろ、そこや!ツツジが光ってる!みたいな解説をしたけど、なんかそのへんは完璧に興味がないようで、それでもがんばって山道を歩いていた。なんか応援せなあかんような気持ちになってリュックにぶら下げていたスピーカーからプリキュアの歌を大きく流す。きみがもっと小さい時、ぜんぜん歩かへんかったからあいちゃんがずっと抱っこして登ったんやで、おぼえてる?「おぼえてません、忘れちゃった」みたいな会話をしながら、しんどい、つかれた、息が出来ないとぶつぶつ文句を言いながらもがんばって山道を歩く子供の姿を見ていると、とにかく存在を肯定したいというような気持ちになって、下山後ほしがっていたアイスを買い与える。おいしい、おいしい、と繰り返し言うので、そらそうやで、山登ってしんどかったやろ、あっこちゃんもしんどかった後に酒のんだらおいしいし、きみもしんどかった後にアイス食べたらおいしいんや、わかるか、みたいな話をする。JCに行くとOCがいて、途中からYY一家も来られた。知ってる人とよく会う日やなと思った帰り道、WKに遭遇。いろんな事を忘れてしまうから出来るだけメモをとっておかないといけなくて、そのメモを見返すと、モヤシのひげ407本をとるのに25分、とあって、このメモをどこかに使おうと思っていたんだと思うけど使う機会は訪れないと思うのでここに書いておく。帰り道のコンビニでM&Sに遭遇し缶チューハイをもらう。帰宅後は先日畑原市場の安ベェで買ったレバーともやしを炒めNのタレをぶっかけたやつを作って缶チューハイをあける。やらなあかんことはそれなりにある気がするが、いまこの機に子供とどっぷり遊んでおくのもおもろい、という誘惑があって、むずかしいところ。今日は子供が初めてしっかりと山に登った日だ。

「あつまれ どうぶつの森」

 今日、ごく一部の人(自分もそのひとり)にとってものすごく重大な発表が神戸市からあった。須磨海浜水族園がふたたびの閉園延長で、3月31日まで閉園ということだ。こういう時だから仕方ない気がするけど、というのがほとんどの人の反応だと思うが、わたしたちごく一部の人間、つまりスマスイ狂人にとって、この発表が意味するものはあまりに大きい。スマスイはニュースにでも取り上げられているけど再開発の計画がけっこうあれな感じで、まったくの別物になる。で、いままでの、私たちの大好きなスマスイ、というのはこの3月31日で終わりだったのだ。施設自体は4月以降もしばらく現状で残るけれど、運営母体が変わる。この神戸市の発表によって、わたしたちスマスイ狂人は、スマスイを支えてくれた人らに挨拶したりお別れする機会を失ってしまったのである。なにしてくれとんねんダボが。という感じで、コロナのあれやこれやで一番ショックな出来事であった。いやー参った。ほんまダボやで。Sさんから課題図書として渡されていた内田樹「そのうちなんとかなるだろう」を読み始める。この人、苦労してはるんやな……と思いながら読みすすめ、いくつか参考にしたいところがあった。ひとつは、内田少年が小学校五年生の時に学校に行けなくなった時、親は何かを言うでも行くように説得するでもなく、淡々と、ほな他のとこ、と転校するための手続きを始めた、というところ。もうひとつは、内田青年が高校を辞めて家を飛び出したものの、一人暮らしはやっぱしんどく、あの時は生意気に家を出てすんませんでした、と実家に出戻った時に、親が何も言わずに受け入れた、というところ。以下引用。

 いろいろ言いたいことはあっただろうけれど、そういうときにかさにかかって子どもに恥をかかせるようなことはしなかった。僕はそのときに家出に失敗したぼんくらな息子を両親が黙って受け入れてくれたことから人生についてより多くを学んだように思います。

 たとえ家族であっても、どれほど親しい間であっても、相手にどれほど非があっても、それでも「屈辱を与える」ことはしてはいけない。これは父母から学んだ最もたいせつな教訓だったと思います。(p41)

 今日、山をパトロールしながらいろいろ考えてたんだけど、それは明日書こ。ミツバツツジだろうか、とても綺麗に咲いていた。こんな事をことわる必要があるんだろうかと思いながらも一応ことわっておくが、毎日更新する日記は今日が最後です。「あつまれ どうぶつの森」を始めたから。ようやく、やりたい事がみつかった。