鵯越駅を過ぎたあたりから羽虫がしつこくまとわりつく感じになってきたのでリュックの中から虫よけスプレーを出して顔、首、腕と塗りたくった。山道なのでもともと羽虫はいたのだがどれもいつのまにかいなくなっているので気にしていなかった。しかしこのあたりの羽虫は源氏か平氏の亡霊なのだろう、いつまでも羽音を耳元でうるさく鳴らしてつきまとってくるので苦痛でしかない。六甲縦走においてはできるかぎり不必要な荷物は持って行きたくないと考え持ち物は削っていた。虫よけスプレーも必要度が不明であったため最後まで迷ったのだった。でもまあ冬期ならいざしらずまだまだ夏の延長である今の時期だと完璧に持ってきてよかったアイテムであった。ということを、スプレーを塗った途端に効果が出て虫たちがまとわりつかなくなった道中でしみじみ思った。虫よけスプレーは必須。荷物として軽いし。
菊水山には初めて来たのだが、名前が有名なわりに上っていくにつれ登山道が結構荒れている。有名だと思っていたのはこちらの勘違いで普段はあまり登山者がいない荒れた山のかもしれない。なんやかんやで六甲山系のどこにでも登山会があった昔とは違い、今や一部の勝ち組的な山(摩耶山とか塩屋の山とか)以外は登山道を整備してくれる人もおらず行政の手も届かず茶店は閉鎖、道も荒れてきているのだろう。菊水山もそのひとつでそりゃ羽虫もわんさか出るはずだと視界を覆う藪をかきわけて、道をふさぐ倒木を避け、前へ前へと進んで行った。しかし道が荒れて進みにくいというだけならまだいいのだが、私を悩ませたのは藪をかきわけた時にとつぜん目の前にあらわれる、黒と黄色の巨大なジョロウグモの姿である。これにはまいった。
「なぜこんなところに」と1メートルくらいある馬鹿でかい巣をよけるために身をかがめる。日の光に透かして巣の下端をたしかめ、巣の下をゆっくり慎重に、巣が頭にふれないように通りすぎる。そのようなトレーニングをしているのならいざしらず、いま現在の疲れた身体にはこのしゃがみ運動が激烈にだるい。藪をかきわける。目の前にジョロウグモ。巣をよけるためにしゃがむ。藪をかきわける。目の前にジョロウグモ。この繰り返しである。しかし、それにしても、ジョロウグモというのは巣は馬鹿でかくクモ本体もでかいのだが晩夏から初冬くらいにかけての山の名物とも言え、彼らは本来ならば案外登山者と共存している生物なのだ。それはクモ側が「登山者と共存しよう」みたいな殊勝な心がけでいるのではなくて単に生き残るためではあるが、彼らは登山道の脇とか人間の視界よりも上の安全な位置に巣を作っているパターンがほとんどである。
ところがどういうわけだか菊水山のジョロウグモにはこの法則が通用しない。
彼らは登山道のど真ん中の低空(視線の位置)に巨大な巣を作りまくっており、見渡す限りこの道はジョロウグモだらけで私は彼らの王国に迷い込んでしまったのだという疑いすら抱いた。藪をかきわけ、ジョロウグモと出会い、それを避ける。「なぜこんなところに」と私は迷惑に感じているが、それはジョロウグモにしたって同じ気持ちなのだと思う。
彼らにしたら「なぜこんなところに人間が来るのか」なのである。
そう。
ここに来て私はようやく「何かがおかしい」と気づいた。
沢、というほどに水がないのだがか細い川筋のような道の、足場となる岩にはコケが張り付いていて非常に滑りやすい。藪をかきわけ、ジョロウグモの巣を避け、さすがに私は気づいた。
もしかして、道を間違っているのではないだろうか、と。
これだけの数のジョロウグモが人間の視界をふさぐように堂々と巣を作りまくっているということは、それは菊水山にいるジョロウグモがなぜか地域限定で凶暴になってしまったなどと考えるよりも、単純に「この道は普段あまり人間が通っていない」と考えるほうが自然である。
この道は人が通っていない。
だから彼らは安心して巣を作っている。
つまり、私は道を間違えている。
このような三段論法の結果、ポケットからスマホを取り出して地図アプリを見てみると、どうやら私は正規の登山ルートから外れていて、本来の道から並行して伸びる脇道を歩いていたのだとわかった。
ただその時点ではそれをたいしたことだとは思わず、一応平行して道は伸びているのだし、アプリを見るかぎりこの道も頂上までは道がつながっている。
現在地を確認後、私の選択肢はふたつにわかれた。
ひとつは、いま来た道を分岐点まで戻って、予定通りの正規ルートを進む。
もうひとつは、このまま脇道を通って山頂まで進む。
もしもこの時点で体力も万全で冷静な判断が出来る状態であれば、私はおそらくは来た道を戻って正規ルートに復帰する選択をしただろう。
しかしいざ「来た道を戻ろうか……」と後ろを振り返ってみると、視界に広がっていたのは、太陽の光に照らされて空中で風にゆれて輝くジョロウグモの巣と、巣の中央に鎮座する黄色と黒のジョロウグモたちの姿であった。
ここまでせっかく苦労して抜けてきたばかりのジョロウグモの王国にふたたび入り込んでまた藪をかきわけ巣を見つけてはしゃがみこむ女郎蜘蛛スクワット動作を繰り返すなんてことはもう絶対にしたくない、もうあんな道は戻りたくはない、という思いが勝った。
そうは言いながらも迷うところだな。
道を間違ったのがわかったら、来た道を戻るべきである。
私の中の「理」の部分が冷静に脳内でそのようなコメントをした。少なくとも「たぶんなんとかなるだろう」でこのままよくわからない道を進むべきではない。それがヤマケイ文庫の遭難シリーズで私が得た総合的な知識であった。やっぱり激烈不快であっても来た道を戻るべきではないだろうか。そう思い直して、いまさっき脱出したばかりの藪道に一歩を踏み出した、その時である、顔全体にべたっとした感触があった。やってしもた。顔面から巣に突っ込んでしまった。振動にびっくりしたジョロウグモが素早く動いたのがわかった。私も混乱しているが相手だって混乱している。ジョロウグモが私の頭から首すじを這っている。どでかいジョロウグモの足が私の首に接地している。腹の感触。殺したいが火の鳥鳳凰編愛読者として殺せない。声にならない声が出た。不愉快そのものである。
私はわずかな平地にリュックを置いて、落ち着け、落ち着け、とみずからに言い聞かせた。そして今まで使っていなかったトレッキングポールをリュックから出して指揮棒のように持った。
そしてさらにリュックの中から長袖のボタンシャツを出して藪対策として着用し、さらに軍手をはめて、目だけを出すようにしてタオルを顔に巻きつけた。
ジョロウグモの巣対策としてトレッキングポールを持ち、藪をかきわける用にこれらの装備で身をかためた。引き返すのはやめだ。
もう、前進するしかない。







