大安亭市場に行く用事があったので三ノ宮駅から歩いた。駅を出てすぐ、目の前にオーパのビルがあり、それを見て、そうそうと思い出した。柴崎友香さんの何かに何度か名前が出てきたから読もうと思っていた阿久津隆「読書の日記」が、ジュンク堂三宮駅前店にだけ、それも一冊だけ在庫があったのだ(honto調べ)。中に入ってエレベーターで7階へ。あまり時間がなかったので検索機ですぐに目的の棚を探し、辿り着いた先に唯一あったその本はカバーの背中がけっこう破れていた。在庫が一冊しかないのは知ってるし、中身は綺麗だからテープで修理すればええか、別にどうでもええわと思ったけれど、レジで店員に気にされたらどうしようと心配になった。そうなるとなんかこう、会話せなあかんからめんどくさいなと思った。誰かと会話する準備が出来ていなかった。例えば「カバーが破れています。どうしましょ?」とストレートに言われるパターン。「気にせえへんからええですわ」と返せる。でもその後で「すいません」みたいなことを言われたら大変だ。誰が悪いわけでもないのだから「すいません」系の言葉を言われても困る。店員の「すいません」度にもよるけれど、形だけのすいませんならまだいいけれど、真面目な書店員さんでけっこう本気っぽい感じの「すいません」みたいなのが来たら避けられずに死んでしまう可能性は60パーセント。レジに本を出してすぐに「申しわけありません、この本はカバーが破れていまして……」ああ、なんかそういうことを考えているだけで意識が遠のいてしまう。店員が破れにまったく気づかずそのまま渡される、という道はどうだろう。でも、今はぜんぜん忙しい時間帯じゃないし、破れはけっこう目立つから、「まったく気づかない」という可能性はまずない。この状況でもっとも気まずいのは、店員が破れに気づくものの、なんとなくとっさの判断が出来なくて、気まずい空気だけが流れて、見て見ぬふりをしてしまった時だ。店員は「ああ、これ破れとるなあ」と思いながら「うっ」となったままスルーする。わたしは「ああ、この店員さん、知ってて知らんふりしてるなあ」と思ってしまいながら、双方レジカウンターを挟んで虚空に視線をさまよわせ、わたしたちは昼時の書店で無駄な化かし合いを演じる。そういうようなこと、つまり、破れたカバーの本をレジに持って行く事に付随する心労(心労の可能性)を幾種類もシミュレーションしていると、一番ラクなのはAmazonで注文することだ、と結論づけた。そう結論づけてからレジに持って行った。レジで自分から「これ破れてるけど気にせえへんからええで!袋もいらんし」と声に出した。無頼っぽく。がんばって、そんなオーラを出して。