大阪に用事があったので、前からずっとその変わり具合を見たかった大阪城公園を歩いた。駅を降りると、なんかよくわからんショッピングモールみたいなのが出来ていて、確かにこれは変わったぞと感心したけれど、行く前に想像していたような嫌悪感とか、そういうのは特になかった。もう何十年も行っていない場所だし、昔とは違うのは当たり前だし、変化に対して何かこう、口を出す資格がないような気がした。駅からしばらく歩いて、むかし入り浸っていたあたりに、たぶん25年ぶりに行った。すると、そのあたり一帯だけは何も変わっていなかった。なぜ25年ぶりとわかるかというと、19歳の時に阪神大震災の後、東京からその当時好きだった女が遊びに来て、梅田から環状線に乗って、わたしはなぜかその場所に彼女を連れて行ったのだ。どん詰まりみたいな場所に大きな木があって、目の前を川が流れている。いま、あらためて同じ場所に立って景色を見ると、くだらない、なんて何もない場所なんだと思った。時間は夜に近くなってあたりも暗くなり、ひとけのない場所に今わたしは立っていて、川岸の手すりには大きなアオサギが一羽、静かにとまっている。つまらない、何もない場所だ、と思った。こんなに狭くて人がいなくて何もない場所にずっと、座ったり立ったり寝転んだりしていたのだ。今日は朝から松田優作の歌ばかり聴いていたので、それを聴きながら京橋まで歩き適当に入った中華料理屋で酒を飲んで体をあたためていると、なんだかもう、約束なんてほっといて家に帰ろうと思った。そう思って店を出て松田優作を聴きながら歩いた。変わった場所は変わったけれど、変わっていない場所はあまりにも昔のままだ。大阪の人は酒場でもよくしゃべるなあと思う。このあたりにはゲームセンター、ここには寿司屋があって、ここは喫茶店。なくなった町の全部が私の中にある。