
盛り上がっている最中を見るのも嫌いではないが、ケチなので酒も食べ物も買わないし、しょせん自分の居場所ではない。その点、祭りのあとの誰もいない夜の神社は自分の場所だ。店も全部閉まっているので「何も買ってないのに俺はさっきからぶらぶらしている。いい大人なんだからイカ焼きくらい買った方がいいんじゃないだろうか」というような、己との会話もせずにすむ。十代のいつだったか、深夜に誰もいない茅ヶ崎の浜辺で、海に浅く足をつけて、じっと波の音を聞いていた。すると、世界には自分一人しかいなくて、自分がすべての「はじまりの人」になったような気分になった。そういう妄想をしていた。もちろん自分はそんな立派な存在ではなく、何十億もいる、基本的にはよく似た人間のうちの一人であり、本質的には岩場でうごめくフナムシやそこらに落ちてる空き缶と変わらない物なのだ、というような認識もあった。要は、時おり精神のバランスをとっていたのだろう。夜の暗闇に立って、たった一人である事を意識し、かけがえのなさを妄想しながら。