1月17日に神戸にいるというのは特別な事だと思うが、普通に過ごした。
よほどの勤勉な人でもない限り、人生の大半は無駄な事をして暮らしているのだと思う。
亡くなった人のために一生懸命、というのも肩が凝る話だろう。亡くなった人のぶんまで無為に過ごしたい。
最近中華料理に凝っているので中国食材を買いに行った先の老店主、老いのせい(?)か何を言っているのか言葉が聞き取れなかったのだが、会計の際レジの置かれた事務机の上を見ると、小さなメモ用紙に「1995.1.17 5:46」とだけ書かれてあった。日にちと時間を忘れないように、という意味のメモ書きだろうか。
21年という歳月は様々な感情を風化させる。かと思えば、つい先ごろの出来事のようにありありと当時の光景を思い浮かべる事も出来る。ただ、昔話を自分の子供に聞かせる事はないだろう。2015年に生まれた子供に、1995年に起こった地震の事を話すのは迷惑だろうから。
