喫煙者が何故繰り返し禁煙を試みるのかといえば、それは禁煙を解除した直後に吸う最初の一本の煙草がたまらなくおいしいからであって、その味を知っているからこそ彼らは何度も何度も禁煙を試みては解除し、また禁煙し、また解除し、といった、非喫煙者から見たら不毛としか思えないような、行いを繰り返すわけである。ここに数年前の日付が記された、一冊の古びたノートがある。
【五月二十六日。三日間禁煙スルモ我慢ナラズ、郵便局ニ行キ、四百七十一円オロシ、メンチカツ食ラヒ、煙草買フ、酒ヲ飲ミツツ、箱カラ一本取出シ火ヲ付ケル、スルト全身ニワカニ震ヘダシ、煙ハ血管ヲ伝ヒ、五臓六腑ニシミワタル】
まさに、この感覚である。
彼らにとって、いま現在吸っている煙草というのは、この「やっぱ禁煙やめた!」後における禁断の一本、そこから得られる快楽へ向けての、ほんの助走の役割を果たす物でしかない。禁断の地へ踏み込んだ勇者のみが得る事が出来るこのたった数分間の「五臓六腑ニシミワタル」体験。彼らはそれを《喫煙のふるさと》と呼んでいる。
久しぶりに煙草に火をつけ、煙を吸い込み、そして頭をクラクラさせながら「あぁ、俺はいま喫煙のふるさとにいる」とつぶやく男がいる。頭に七色の虹がかかったその男の名は平民金子。人畜無害の三十歳。山羊座。