はてなダイアリー平民新聞

創業2002年か2003年、平民金子の元祖はてなダイアリー日記です。

アートスペースモーターにて志野和代写真展「上海から昆明へ」↓↓
http://homepage.mac.com/sudazyuku/tenji/2005/shino/index.htm


1995年に友人と二人で中国を旅した。神戸から船にのり上海まで。そしてそこから電車にのり南部の街、昆明まで。二泊三日のくそ長い時間、おれたちはずっと列車の中にいて、車窓から様々な景色をみ、ちちくさい議論をし、言葉の通じない中国人相手に酒をくみかわしたりした。


まあそんな懐かしい体験をおれは今でも時折思い出したりするのであるが、十年がたって、おれたちとまったく同じ道程の旅をした女性が写真展をひらいていると聞いては行かずにはおれぬ。とゆうわけでノコノコと。


おれは志野和代とゆう人を、勝手なイメージだけでもって貧乏風の学生バックパッカ―だと決めつけていたので、扉を開けたら中にいた、モーターのマダムと夢中になって玉子料理の話をしている関西弁の婦人をみて、ああ志野さんのお母さん、とか思ったものだが、挨拶してみると「本人です」とのこと。


今回の写真はそのほとんどが車窓から、あるいわ列車内で撮られたもので、岩肌、駅舎、乗降客、食堂車でのメシなんかが素人のおれが見ても一目でわかるほどのデジカメの粗い画質でもって、乱暴に、ガサツに、ボケても知らぬ、ブレてもママよ、とでもゆうよおな開きなおりとともに、挑戦的に展示される。


そのなんとゆうやらあまりにも風通しの良い動的なスタイルと、いま目の前にいる一見上品そうな婦人とのギャップがおれにはおもしろく、「おれは今日ここに来るまでは志野和代とゆう人はもっと若い人だと思っていて、もしも本人をぬきにしてここで写真だけを見たとしたら尚更そおゆうイメージを強くもつと思うし、そしてこの写真群が仮に無記名であったならば、撮影者はおそらく(よい意味で使用→)うすぎたない男の子を想像すると思う」などと言ってみたらば、志野さんは笑う。

・・・・・・
【ここに展示してある写真は、そのへんに売っている400万画素の小さいデジカメで気の向くままに撮ったもので、ナンタラカンタラ*1、あえてこういう粗いつくりにした。いままで一眼レフやレンジファインダーを使ってポジで撮っていたのだけど、構図や光の具合を考えて細密にうつすという方法を、自分でも気づかないところで、潜在的に、わたしは変えたがっていたのかもしれない。今回の旅行で、わたしの写真は変化したと思う。まだまだ撮りたい町並みが、中国にも、東京にも、故郷である奈良にも、たくさんある】

*1:技術的な加工の話でおれにはわかりませんでしたスイマセン