はてなダイアリー平民新聞

創業2002年か2003年、平民金子の元祖はてなダイアリー日記です。

『恋する惑星』

灘区のワールドエンズガーデンにて上映会。遅刻したらあかんやろと慎重に20分前に王子公園駅に到着したけれどつい駅前のラーメン「ぽーと」に入ってしまいこんな日だからこその金城武セット(マーボー丼+ビール)を。あわてて飲み食いしたけれど冒頭遅刻。f:id:heimin:20190602000348j:plain

この映画、何度も見てるんだけどいつも決まって途中で眠たくなるんだ。おもしろいんかいなこれ、なんて思って。それでもなんで何度も見てしまうかというと、劇中『夢中人』が流れて来た瞬間にすべてがチャラになるからだ。「おもしろいんかいなこれ…」みたいな不安な気持ちが、あの歌が流れてきた瞬間に謎の「傑作感」が出てきて、報われるみたいな所ありませんか。単に歌が好きなだけかもしれんけど。94年の香港といえば私が18歳の時で、ほんの数時間だけ降り立って街をウロついた記憶があるのだ。なんだかこっぱずかしい記憶であるがレコード屋でおじさんに「黄家駒 BEYOND」みたいなメモを渡してそれが好きだと言って、CDを買った。ワールドエンズガーデンの、電車の音が響く環境も良い。東京の新橋文化劇場で、閉館前に『色情めす市場』がかかった時、あまりに電車の音が良くて、やはり映画と電車が線路を走る音はセットであるべきだ。しかし今日も思ったな、ほんと『恋する惑星』は「夢中人」で迷いがチャラになる作品だ。何度目だろう、「おもろいんかいなこれ…」と思いながら見て「ちょっと眠たくなってきたぞ」とか思って、そんな時にフェイ・ウォンがトニー・レオンの部屋をごちゃごちゃやる場面になってこの歌が流れてくる。そして、あー……なんか傑作な気がしてきたぞ、となる。私くらいの年代の人間にとって、喉に引っかかった魚の小骨みたいな映画ではないかと思う。

高校生の頃香港に行きたくて仕方がなかった。でもどうしたらいいかわからないんだ。ここより他の場所に行く手段なんて実際はたくさんあったのに、十代なんて馬鹿だからそれがわからない。今でもたまーに、あの頃の自分が一歩踏み出して外国に飛び出してたら、なんて事を思う。でもそうしていたら今とはまったく違う人生を歩んでいて、今日の上映会、どころか神戸にすらいなかっただろうし、まあどのような道を行ったとしても生きてるってのはなかなかおもしろいものだ。そう思いたい。なんて事を考えてしまう、人生における架空の分岐点と言えばよいのか、十代後半のそういう時期に公開されていた作品なので。喉に引っかかった魚の小骨みたいな、ていうのはそういう意味で、18歳の時に引き戻されるような気がします。

たとえば『マッドマックス 怒りのデス・ロード』だったら映画だけを見れるんだよ。映画の内容だけを語れる。でも『恋する惑星』と『E.T.』と『ロッキー4』と『風の谷のナウシカ』と『タイタニック』これはもう、映画以外の話をしないと映画について語れない、という映画なんだ。『風の谷のナウシカ』を語ろうと思ったら、小学生の頃にタクシーに乗って梅田の映画館に行ったけど車酔いしてゲロを吐いた話、その時私を連れていってくれたNが、当時私が通っていた床屋の女房と浮気して黒部に逃げた話、その後なんの関係もない私が床屋の主人の恨みを買い店を出禁になった話とかその辺からしゃべらないとあかん、みたいな。『恋する惑星』ってそういう種類の作品なんだ。

床屋の主人はめちゃくちゃ優しい人で小学生の私は大好きだったんだ。でもN事件の後で笑顔が消えてしまって、家中の窓に黒い目張りテープを貼るようになった。中学一年生か二年生の頃だったか。私は出禁になっていた店の扉をあけて、客が誰もいない店の中で「おっちゃん、おれのこと嫌いになったん?」て聞いたんだ。『恋する惑星』も、そういう作品よ。