沖縄の復帰運動における変化として知られるのが、全章でも述べた「日の丸復帰」 から「反戦復帰」への転換とよばれるものである。その転換点としてしばしば指摘 されるのが一九六五年の佐藤栄作首相の沖縄訪問であり、その背景にあったのはベ トナム戦争の激化であった。ベトナム戦争によって、補給基地としても空軍基地と してもアメリカにとって沖縄の価値はふたたび高まっていたが、米軍の犯罪増加な どともあいまって、もともと沖縄に潜在していた反戦反基地感情が強まっていった のである。 この佐藤首相の訪沖は、アメリカー日本ー沖縄という三者関係においても、転換 点となった。この時期前後から自民党政権はアメリカ政府と返還交渉を積極的に行 なうとともに、これも全章で述べたように一九六六年度から沖縄への援助を倍増 し、一気にアメリカ政府の援助額の二倍近くになった。この傾向は年々つづき、七 二年までには本土からの沖縄援助は六六年の六倍以上に増額されるが、それに反比 例するようにアメリカ側は援助の比率を減少させていった。アメリカにとって、基 地の運営のためには経済援助によって沖縄内部の不満を沈静させる必要があった が、戦争の実行だけでも負担は大きく、かねてから重荷となっていた沖縄の統治費 用を日本政府に肩代わりさせることが必要だったのである。 (<日本人>の境界/小熊英二・・・第23章「反復帰」)