はてなダイアリー平民新聞

創業2002年か2003年、平民金子の元祖はてなダイアリー日記です。

六甲山を縦走したい!(10)

あきらかに新しい身体に生まれ変わっている。そのような実感が私を突き動かす。階段でも、馬の背に至るまでの栂尾山の急坂でも全然疲れを感じない。荷物の重さにも慣れてきたのかもしれない。

全然関係ないけど昔、こういう話題だから場所は書かないけど日本のはしっこの方の工場で働いていた。そこは単純労働だったから、まあたとえば朝から晩までずっとベルトコンベアーの前に立って流れてくる瓶にキャップをしめていくみたいな仕事って、ちょっと通常の脳のモードではできないから脳の中の何かを人為的にトバす必要がある。トンだ状態でやるわけだけど、そこにいた池田さんって人がずっと瓶にキャップをしめていく的な仕事を毎日同じ持ち場で一心不乱にやっていて、池田さんは季節工として流れてきた人で元々は暴力系の仕事をしていたという噂がありそこは噂というよりも昭和の元暴力系らしく身体のわかりやすい部分が欠損していたこともあってある程度の客観性もあったのだが池田さんって寮に女出入りさせてるらしいよ、誰?誰って課長の、人がいる時には課長の車で、あの人覚醒剤やってるから、おまえ知らんの?だから真面目にあんな仕事できるんじゃん、まともな人間はこんな所に来ませんよ、小西さんだってオウムの、いやそういう話じゃなくってさ、なんの話だっけ?

さっきからちょくちょくトレイルランの人たちとすれ違うけれどあの人らってなんでこんな急坂を走れるのだろうか。歩くならわかるんだけど走るっていうのはちょっと考えられんな、と思った時に、右膝の内側とふくらはぎの上部に小さな痛みが走ったのを私は自覚した。ただこれは少し気になる程度で普通に歩けはする。だがこの先どうなるかはわからないと、一応慎重な想定はしておこう。無理せず身体をいたわって歩けという身体からのアドバイスだろう、文章でこういうことを書くとさ、これは絶対に後々のための伏線やなみたいになるやん、そう思われたくないから起こったことを直叙で書きにくいわな、私はどこまでも、頭の先の1ミクロンから足の先の1ミクロンまで意識を行き渡らせている、なぜなら覚醒剤をやっているから、あほか、こんなものが伏線になって後に右膝の内側とふくらはぎの痛みによってリタイアとかそういう展開になるくらいなら私は恥ずかしくていまごろ死んでますね。(注記:この文章は妻が代筆しています)

ひさしぶりに到着した須磨アルプスの「馬の背」であるが景色を堪能している余裕はなかった。余裕がないというか、自分はいまマリオのスターをとってキラキラ光っているみたいなゾーンに入っているから馬の背でのんびりしているのはもったいないと思ったのだ。400階段のところは人が多かったし、今日は日曜日なのでもっと混雑してるのかと思ったけど、見渡してもせいぜい10人くらいか。ただでもこれよくよく考えたら明るいうちに宝塚に着くためには塩屋を深夜に出る必要があるから、その場合馬の背の岩稜地帯を夜にヘッドライトで通るってこと?それはだいぶこわいかも。
栂尾山、横尾山を過ぎて道中の縦走路の矢印は妙法寺へと伸びている。
せっかく長い階段を上ってここまで来たのに、また山をおりて下界へってか。

他の山の縦走は知らんけど六甲山の縦走ってのはこういう山から町へ、町から山へのアップダウンの繰り返しがだるいのだろう。縦走と聞いてイメージしていたのは山の上をひたすら歩くという山道具のカタログの表紙みたいな行為であった。しかしいま私がおこなっているのはアルベール・カミュの『シーシュポスの神話』そのままの、でかい岩を苦労して山頂まで転がしながら持って行ったのに、持っていったそばからその岩がふもとまで落下して、それでまた山をおりてその岩を山頂まで上げねばならない、みたいな永遠の繰り返しである、六甲縦走においてはそんな繰り返しが直線距離では測れない、荷重量では計れない負荷となっての行為者にのしかかる。

ちなみに今回の旅では自販機や商店での飲食物の途中補給は考えていなかった。
途中で補給なんてのは偽物で本物の旅をするならリュックの中にすべておさめておくのが筋だろう。
そのように考えていて、だから私を悩ませたのは「では六甲全山縦走においてリュックにはどれくらいの飲み物と食べ物を入れたらいいのか」というテーマであった。
それでとりあえず500mlのペットボトルのお茶を4本入れておいて重い重いとやってきたのだが、私の考えはまったく甘かった。

先ほどの栂尾山南西壁において「やはり水分補給は大事だ」と発見して以来、私は道中気軽に水分補給をしてきたわけであるが、旅の序盤にしておおかたの水分がなくなってしまっていたのである。でもまあ二〇三高地を奪取してくれとなんぼ言われても旅順要塞突撃にこだわり続けた伊地知幸介参謀長じゃないけどこうじゃなきゃダメみたいな頭の固さって良くないから私は補給をする旅も本物だろう、いや補給をする旅こそ本物だくらいに頭をさっと切り替えて自販機をあてにした。するとさっそく妙法寺に降りた所の路上に自販機があったわけ。町ってありがたいねえ……。

自販機で存分に買った水を飲みながら手水舎の前で休憩をした。そこにザックを背負った若者が2人やって来て、首に巻いていたタオルをたまった水で濡らしながら「ああ気持ちええわ。この場所にこんなん(手水台)あったんやな」としゃべっている。きみら孤独じゃないねえ、よくないねえ、きみらの中の加藤文太郎はどこに行ったんやと思いながらも私は彼らの会話に注目した。「ここを通る時っていつもローソンに集中してるから。こんな場所(手水台)全然気がつかへんかったわ」なるほど、この先にローソンがあるのか。一瞬さきほど消費してしまった遭難用非常食のソイジョイやアミノバイタルを補給しようかと考えたがでもあれよな、ちょっと待て、これはさっきの道中自販機での補給をあてにするかみたいな話とは違うかも、違わないかも、現実的な話、六甲縦走においてスーパーやコンビニに期待するってのは危険じゃないだろうか。いくら町だといっても三宮や元町ではないのだし。そんな風に私を慎重な気分にさせたのはやはり先ほど見かけてしまったコーヨー高倉台店跡地から出ていた瘴気、令和的虚無感、いつもやってると思っていた大型スーパーのシャッターが突然降りてしまうニュータウン風景から得た知見である。あれは本当にこわい。だからまあ、自販機はともかくローソンは寄らんでええか。そのようにぼんやり考えていると一台の車が私たちの前で停まり「にいちゃんたち、ここの水は井戸水やからタオル濡らすのはええけど飲んだらあかんよ」とだけ言って走り去った。「六甲縦走でお越しですか?このあたりで疲れちゃう人が多いんですよ。無理したらよくないから、私の車で家まで乗せて行きましょうか」「いえいえ、そんな、お断りします。男たるもの一度決めたことはやりとげてなんぼですから」「そうですか。でもまあここは私の顔を立てて、車に乗ってくださいよ」「そうですか。そこまで言われたら。じゃあすいませんけどお願いします」みたいなやり取りはなかった。