しかしあれですな。
先ほどから孤独の旅路、孤独の旅路、と唱え続けて雰囲気を盛り上げようとしているにもかかわらずどうにも調子が出ないのは、体の重さはさることながらさっきから登山道がぜんぜん孤独ではなくて早朝から体力があり余ってそうなトレイルランナーや地元の老人たち(毎日登山組)とすれ違いまくっているからである。孤独の旅路感がまったくない。いつかあの世で縦走した理由を聞いてみたいなどと書いたが1975年の第一回縦走大会に出ていたモノクロームの若者たちは案外まだまだ現役で山に登っているのかもしれない。このあたりさすが毎日登山の町であると感心し、私はといえば途中で何度も休みながらようやく縦走路最初の山頂近くにたどり着いた。
予想していたことであるがあたりのベンチは早起きのご老人たちの談笑の場となっておりさながら登山老人の万博会場といったにぎわいである。その後もわらわらとやってくる老人軍団に囲まれていると孤独の旅路感を求めていたこと自体を忘れていき、ともかく朝の山には下界とはまったく違う文化圏があるのだと感心する。
彼らは何時に寝て何時に起きているのか。ゼルダの伝説に出てくる森の妖精コログみたいに山に住んでるんじゃないのか。しかもみな軽装であり、なんならこれからラジオ体操でも始まりそうな雰囲気さえある。なんかほんま、ゼルダの伝説で山を登っていったら見たことない種族の村を見つけたみたいな感じやなと山頂の毎日登山村に感心しせっかくお会いできたのだと思ったのでさわやかに「おはようございます!」とこちらから声がけをした。それにしても「おはようございます」「おはようございます」と挨拶をかわし合っていると、大げさなリュックを背負って全身で山に対し身構えている私だけがあきらかにここでは場違いな感じなのが実感できる。
とりあえずあいたベンチに腰をかけ、ひと休みしていると目の前に新しい初老紳士がのぼって来て私の前で立ち止まったのでこの場にいる誰もにそうしたように新参者としてこちらから「おはようございます」と声をかけたのだが初老は私に対しほんの一瞬だけ目をくれたのみで挨拶などの言葉は返ってこなかった。おい無視か、とは思わない。この場では私は新参者なのだから。それに登山道で挨拶が返ってこないことなどはごく普通にあるのである。
本当に骨の髄までさわやかな、挨拶好きの人も中にはいるだろうが、多くの登山者というのはお互いに「おまえのことなんてどうでもいいのだが、山のルールとして仕方なく」といった具合に挨拶をかわし合っている。そして、そのように、知り合いに会ってうれしいから挨拶をしている、とかではなく「ルールやねんし、まあ仕方なく」くらいの感じで挨拶しているからこそ、聞こえているにもかかわらずあきらかに挨拶を無視されるとムカつくわけだ。おわかりだろうか。
これは信号機に例えるとわかりやすいかもしれない。歩行者として「まあ仕方なく」というくらいのノリで赤信号を待っている場合、横からシュッとした感じで「知らんがな」とばかりに信号を無視するやつがいたらムカついてしまうのとたぶん同じ原理である。ただまあすでに書いたように、ここは登山道ではなくひとつの集会所みたいな感じになっているし、それに集まっている人も知り合い同士が多いのだろう、私はあくまでも部外者である、と思い一瞬イラッとしかけたものの自分の中のアンガーマネジメント機構のスイッチを入れてムカつくことはやめにしておいた。
にもかかわらず、ムカつくことはやめにしておいてやったにもかかわらず、許してやったにもかかわらず目の前の初老は私を無視したあとで平然と、奥のベンチにいた女性2人連れに(私を飛び越えるように)笑顔で声をかけているのであった。
初老「(私の頭の上で)おはようさん!」
女「(私の頭の上で)●●さん今日もお元気で。この前教えてもらったヤマダストアに行ってきたよ」
初老「(私の頭の上で)そうか。よかったやろ」
女「(私の頭の上で)うん、教えてもらった道順どおりにいったら迷わんと行けた」
すべての平和な会話が私などいないかのように私の頭の上でなされている。もしかするとこれは「きみ、そこはボクの定位置で、そこのベンチに座られたら邪魔なんやけど」と間接的に言われているのではないだろうか。今の私は大雪の中ようやくたどり着いた立山連峰の剣沢小屋ですでにいた6人組に外に追い出された(『孤高の人』上巻p387〜)加藤文太郎に地上でもっとも近い位置にいるのかもしれないな、そう思った時早朝の登山道に砂埃に汚れた木綿の着物を着て杖をついた盲目の座頭があらわれて私を残してこの場にいる全員を一瞬のあいだに居合で斬り殺してしまった。あっけにとられる私に向かって座頭は「迷惑かけたね、気をつけて行ってらっしゃい」とだけ言い残して去ってしまった。あとに残された私はそうだそうだ、さっきから孤独の旅路の歌詞を見ようとしてたんだった、と思い出しスマホの検索窓に「ハート・オブ・ゴールド 歌詞」と入れたらエグザイルの歌の歌詞が一番上に出てきた。