神戸市が発行している六甲全山縦走MAP(このMAPは「防水素材のマップは、少雨時の雨よけとして使用できます」などと書かれているのがよい。超合金ロボットだけど実はライターみたいなゴールドライタン的というか。雨よけになる地図て、効果はともかくそのメッセージの心意気だけで買いたくなるではないか。ちなみに六甲山系の大きく広げるタイプの地図はこの神戸市版と吉備人出版の「六甲山系登山詳細図 西編・東編」があって吉備人出版のやつがまあ断然……いいんだけどなんせでかい。これはでかい家に住んでる人用の地図ですな。うちなんて狭小長屋だから吉備人出版版を広げる場所がないのである。こんなものを広げたらトイレにも行けない。奥多摩とかのさ、古民家とかに引っ越して吉備人出版版六甲山地図がいつも作業台に広げられている、壁には山道具とか釣り道具が無造作に釘にひっかけられて並べられているみたいな優雅な暮らし、来世でやりたいですなあ。
その点神戸市版は大人が両手でぱっと広げられる感じの手頃な大きさだから立って半畳の状態で読めて庶民的である。それで傘にもなる。なるんか?あと吉備人出版の地図は長らく「西編」が品切れ状態になっている。しかし最近の吉備人出版の方のブログで西エリアの地図調査をされていたので、おそらく近年中に新編を出される予定なのであろう)を参考にしながら登山アプリに全縦走の地図を描いてみると、予想タイムは22時間と出る。距離合計は42キロ。時間はともかく距離に関してはもう少しある気もするなあ。登り合計2838メートル。下り合計2803メートル。と、スマホの画面上で親指でちょちょっと動かしながら全体風景を見ているかぎり、「まあなんとかなるんじゃないか」というような根拠のない不思議な自信が湧き起こってくる。
ただこれってあれよな。普段からスポーツ競技をやってる人間だったら「いまのところの自分の限界値」てのが常にわかってる(突きつけられている)じゃないですか。野球のピッチャーをやってる人だったら自分の最大球速を知っているし陸上競技をやってる人だったら……云々。で、私のように何もやっていない人間の最大の不幸ってのは自分の限界値を知らないことだと思うわけ、そういう奴は勘違いで「なんでもやれるんじゃないか」とか思っちゃう、というのは大昔から思っていて、先に書いたように私は18歳の時に大阪から広島までの道を歩こうとしたことがあるんだけど私はその時はじめて自分の「いまのところの歩行の限界」みたいなのがわかったわけだ。何も知らない段階ではマノン・レスコーのラストシーンみたいに世界の涯てまで行けるのかと思っていた(マノン・レスコーなんてそれこそ30年くらい前に読んだ小説だからめっちゃ適当に書いたよ)。それが、1日に20キロ、であった。それ以上歩くとマメがつぶれてやばい。だから300キロ歩こうと思ったら1日30キロを10日間ではなく1日20キロを15日間というペースにしておかないと足があれになってしまう。みたいな数値を歩きながら学んだわけです。
それで、先に書いたようにそんなもんいつのデータやねんて話だけどそれでもやで、普通に考えてこの30年で自分の肉体が謎の進化を遂げたとは考えられんわけ。当然退化してる、と考えるのが当たり前ですやんか。そしたら、数字だけを見てもアップダウンのある山道の50キロを自分は歩けるのか?となるのが、正常な現状認識ということになるわなあ。それをいま、アプリの地図を見ながら親指をちょちょっとやって「なんとかなるんとちゃうかなあ」とか思っている私のこの精神状態ってのは『坂の上の雲』で司馬遼太郎がいってたところの昭和軍人の「信じがたい神秘哲学」というやつではないだろうか。
たとえていえば、太平洋戦争を指導した日本陸軍の首脳部の戦略戦術思想がそれであろう。戦術の基本である算術性をうしない、世界史上まれにみる哲学性と神秘性を多分にもたせたもので、多分というよりはむしろ、欠如している算術性の代用要素として哲学性を入れた。戦略的基盤や経済的基礎のうらづけのない「必勝の信念」の鼓吹や、「神州不滅」思想の宣伝、それに自殺戦術の賛美とその固定化という信じがたいほどの神秘哲学が、軍服をきた戦争指導者たちの基礎思想のようになってしまっていた。(3巻 p196)
司馬遼太郎ってほんま昭和の軍人をぼろっかすに書かはるよなあ。あれはたしか二十年くらい前だったか、産経新聞が『坂の上の雲』を新聞連載時の形で再掲載してた時期があって、産経新聞って右よりな印象だけど、日露戦時代はヨシ、大東亜時代はアホみたいな司馬史観ってのは産経新聞の思想と整合性がとれているんだろうか、ともかく「欠如している算術性の代用要素」としての「世界史上まれにみる哲学性と神秘性」……というのは私がいまふつふつと抱いている六甲縦走を前にした謎の自信と全能感を解釈する言葉としてなかなかふさわしいと思ったわけだが、とりあえずまず私が考えないといけないのは縦走に持って行く荷物である。
スマホ充電用のモバイルバッテリーとヘッドランプは最重要装備で、あとは雨具やら、山道でスマホを落としたら最悪なのでスマホをつなげておくためのチェーンみたいなやつもホームセンターで買った。あと靴擦れ用の絆創膏。そういうのの他に、一番かんじんの飲み物と食べ物。これはあれよな。万が一不測の事態が起こってしまった時のために2日くらいは過ごせる程度の行動食……と書くと大げさかもしれないが食べ物はいろいろ入れた。あとお茶のペットボトル、500mlを4本。
飲み物がけっこう迷うところである。なるべくなら途中補給(現地調達)をアテにしたくない。なんぼ六甲山とはいえ最初から途中補給をするつもりで少量の飲み物だけってのはちとこわいやろー、どこに何(商店とか自販機)があるのかもわからんし、というあれよりも私は角幡唯介の『地図なき山 日高山脈49日漂泊行』を読んだのである、49日も漂泊しませんけどせめて自動販売機をアテにして山に入れるかい!という気持ちは忘れずにいたい、岩魚とかは釣られへんけど……、そう思って、重くなるけど合計2リットルの水分を持ったわけだが、しかし予定タイムが22時間と出てる旅路でハタして2リットルってのは適量なのだろうか?そのへんがまったくわからないのである。ちなみに食べ物はおにぎり4個とメロンパン、ヤマザキの薄皮つぶあんぱん、あとカロリーメイト2箱、他お菓子とか、お菓子ってのはミニ羊羹とラムネかな。このあたりも実際これが適量なのかどうかがわからない。なにせいろいろと未知数なのである。データがない。
それにしてもやっぱり2リットル分のお茶を入れたら途端に重くなるよな……などと思いながら、さていざ出発の日の早朝、リュックを背負ったまま玄関でしゃがんで靴を履き、そのまま立ち上がろうとした瞬間、荷物の重さで盛大に尻もちをついてしまった。なんか幸先が悪いなあというか、もう若くはないのだ、みたいなことも考えた。登山道はまだ深夜を引きずっていて、仄暗い。