私には、より大きな問題がもうひとつあった。
それは、六甲縦走決行日として設定した9月14日の日曜日は昼にはカネロ・アルバレス対テレンス・クロフォードのスーパーミドル級タイトルマッチが、夜には井上尚弥対ムロジョン・アフマダリエフのスーパー・バンタム級タイトルマッチが放送されるということであった。
まさにドリームデイである。
私はすでにふたつのタイトルマッチを観戦するためにNetflixに890円、Leminoに990円を払って有料会員になってしまっているのである。
ボクシング観戦に何の思い入れもない人間からしたら「そんなん配信やねんから後で見たらええがな」かもしれない。しかし違うんですな。私は毎年なんやかんやいってX(昔はツイッター)のテレビ実況馬鹿(年末になると紅白歌合戦とか漫才コンテストを見ながらSNSに感想をつぶやきまくるネジのゆるんだ狂人)たちの影響を受けてしまい「こういうのは見とかなあかんのかな」みたいな気分になるので毎年紅白歌合戦を録画してるんだけど、一度だって年が明けてからその録画を見たことがほんまいちッッッ度もない。やっぱああいうSNSでテレビ番組を実況しまくる頭の腐った狂人たちが実際ネジのゆるんだ狂人であるのは置いといても紅白歌合戦ってのは12月31日のあの時間帯にリアルタイムで見てこその紅白歌合戦なのだろう。それくらいは自分にもわかる。
……というのと同じで、カネロ対クロフォードも井上尚弥対アフマダリエフも録画ではなくリアルタイムで見ないといけないことは始まる前から決まりきっている。しかも、この日おこなわれるふたつの世界戦はどちらかを見ればいいというものではなくどっちも外せんわ。しかも絶対に山の中では電波が通じない=世界戦が見れないし。とはいえこちらとしては9月14日を外したら次にいつ丸一日の自由時間が作れるかがわからない、つまり決行日は延期できない。
縦走に行かねばならない。
ボクシングを見なければならない。
自分に突きつけられたこのどちらかを取ればどちらかが取れないみたいな難しさは8月の、大阪万博に行かないといけない、しかし万博に行ったらこれまで私を支えてくださっていた維新嫌いの万博反対派の左派系文化貴族っていったらあれだけどカルチャー的に高級な趣味をお持ちの、コーヒーは好きだけどトップバリューの安いコーヒーはまずくて飲めませんみたいな、でもあいつら性格は悪いけど行儀だけは良いから絶対にそういうことは口には出さなくて、だからトップバリューの安いコーヒーもユニクロも口では否定しないけどでも自分の家には絶対に置かないし着ない(そのくせ「ユニクロいいですよね。下着はユニクロなんですよー」とか言う)、そんで2千円くらいするややこしそうなスパイスカレーをカチャカチャ音ならして食ってそうな奴とかいるじゃん、DJやってたりDJのまわりで踊ってたりTシャツはなんかムカつく感じでこだわってたりする男子でも小便は必ず座ってしますみたいな気高い連中から「あいつ、万博なんか行きよった。きっしょ」みたいに思われてしまう、みたいな感じか、違うか、ミャクミャク〜。
9月の某日。近所のコンビニまでの道をヒカリさんと並んで歩きながら「ぼくは近いうちに六甲山の縦走に行きたいと思ってるんよな」と打ちあけた。
するとヒカリさんは「あー。掃除のやつ?」と言った。
なるほど、以前(といって数ヶ月ほど前の話になるが)、炊飯釜のこげを落とすために重曹を使ったことがありその時ヒカリさんがいたので重曹を使った掃除法をこまかく教えたのだ、その記憶があったためだろう。
「掃除のじゃなくてこの場合のじゅうそうはタテに走ると書く、つまり六甲山のはしっこからはしっこまでずっと歩くっていう意味」
「?」
「縦に走るやけど実際は横に歩くイメージ?」
「3日くらい?」
「3日もかからへんよ。1日くらい」
「クマは出る?」
「クマは出えへんと思う。六甲山やからイノシシが出るかも」
「イノシシが出たらどうなるの?」
「そりゃ……お互いびっくりするんちゃうかな……」
ファミマでカフェラテを買い、家に帰るまでの道すがらヒカリさんは真面目な調子で「死なないでね」と言った。私はそのとき心のなかで(このセリフ、どこかで聞いたことがあるぞ。映画『フリーソロ』で命綱なしでエル・キャピタンに登ろうとするアレックス・オノルドを心配するサンニ・マッカンドレスのやつや)などと思ったのだが、しかし私の場合どう考えても極限的アスリートの英雄的行為の延長上にある死の影みたいな格好いいあれじゃないですわな。富士山を登っている姿をニコニコ動画か何かで実況配信してて滑落して亡くなってしまった方が何年か前にいました、ああいう調子こいてうっかり遭難系っていうか、ちょっと前に剣岳でもそういう人がいたよな……ていう側やろ。
でもだからこそ、なんならアレックス・オノルドよりも私の方が、よりリアルな死がそばにあるのかもしれない。スマホを見ながら山道を歩いていて谷に落ちたりする感じのうっかり滑落系中年なあ。だからこそヒカリさんからふいにかけられた言葉は夏の暑さがまだまだ残る9月の陽気にてらされて揺れながら光輝くカフェラテの平和な感じに似合わず重く響いた。
「死なへんて」と私は答えた。