はてなダイアリー平民新聞

創業2002年か2003年、平民金子の元祖はてなダイアリー日記です。

体験の原石

某月某日。妻と子と大阪万博へ行き、特に目標もなかったのでぶらぶら歩き、とあるパビリオンに並んだ。経験から、まあこれくらいの列やったらこれくらいの時間かな、みたいなのは想像できるので、最長でも1時間以内だろう、というのもありのんびり立っていた。しかし行列が途中からまったく進まなくなったり、そもそも一度に入館できる人数も少なめであるため、とにかく列が想定のように進んで行かない。

とはいえある程度のところまで来ると「ここまで並んだんだから、もう今さら引き返せないぞ……」というような心理になり、結局途中で雨が降ったり風が吹いたりする中で待つこと2時間近く、「いい加減ぼくもくたびれてきたわ」と何度か口に出そうと思ったがそういう愚痴もこらえて、ようやくのことわれわれの順番になった。その前にはなんと、われわれの目の前で「はい、今回の入場はここまで」という規制ロープがかけられる出来事もあった。その時は子に「こんなロープがよりによって自分たちの目の前でかけられるなんて、不幸すぎて記念やから写真に撮っときなさい」などと言った。

そんな私たちである。ロープがとられて、ようやくの、念願の、と言ってもよい。
その、とあるパビリオンの中に入れたのである。ところが……………………

しょぼい……………………

めっちゃしょぼい……………………

とにかく、しょぼかった。
しかし、不思議なことであるが、外観はものすごく格好いいにも関わらず2時間並んで「しょぼ……」という印象しか持たなかったそのパビリオンを出たあとの私は、妙に高いテンションになっていた。2時間並んで中身は2分、2時間並んで中身は2分とうわごとのように繰り返した。それは文句ではなくてまごうかたなき高揚である。
どういうことかというと、私は

「これが、体験っつうもんや」

みたいな感覚に包まれたのである。

私はこのパビリオンに関して何の前知識も持っていなかった。
この万博に関してはベテランの方々がすべての情報を公開してくれているから、ここに関してもおそらくは「並ぶ時間は長いが入ったらしょぼい」みたいなことが書かれているのだと思う。おすすめできない、と。
私もぶっちゃけ、ここに関してはおすすめは……できない。
もしも直接聞かれたりしたら「並んで入るようなものではない」と言ってしまうかもしれない。しかし良いものであるにしろ悪いものであるにしろ、知識を得てから行く、あるいは知識を得たがゆえに行かないってのはそれは原理的には体験ではなく追体験でしかないわけだ。で、追体験と体験とはまったく種類が違うもので、今の時代は追体験が得やすく体験は非常にとらえがたいものになっている。

私は何かを発信する立場としては、自分が発信することによって誰かの体験を奪っている、というようなことはよく考える。
これはあくまでも私だけがそのような考え方を持っている、という話であって、誰かの親切な発信をそのようにとらえているという話ではないのだが。私が何かを発信する行為は、誰かの体験を奪い、そして追体験を増幅させる装置として機能している。

というわけでここにはそのパビリオンの名前を書かないが、ともかく私は妻と子と共に万博に行き、とあるパビリオンに2時間近く並んで盛大に「時間泥棒め!」と思ったわけだが、同時に楽しいとか楽しくないとかよりももっと深い根源的なところで「これは体験だ!」「体験ってこれよな!」というような不思議な高揚感を得ることができたのである。ふいに訪れた気まぐれから発生した予想もしなかった2時間の並び。妻と子と雨の中過ごした、虚無そのものである2時間、そして命からがら到達した山頂でようやく手にしたのは人類未踏の体験の、原石そのものであった、パビリオンを出た私は、なんか、すごかったな、なんかすごかったな、とうわごとのように繰り返した、でもまあすごかったはすごかったけどこれを最後に帰るのもちょっと後味的にどうかと思い帰りに妻と子と閉店間近の立ち食いそば屋に入ってそばを食べて汁まで飲んだ。