ジークアクスを最新話(6話)まで見て思ったが、まず私はアニメ文化に特に思い入れがない、ガンダムにも思い入れがない、そういう人間なわけだが、だからなんか愛想ない感想になってしまうのだが、みたいな長い、別に必要のなかった長い前置きをした上で、いや、それよりも、今ってさ、発信者がいちいち注釈入れがちな時代よなあ、とたまに思う、私のこの姿勢とか。それは注釈入れる時代といういか、発信者としては「これは注釈入れとかなあかんかな」と架空の聴衆を想定してそれに忖度してどんどん注釈を入れていく、この傾向はぜったいにSNS時代の産物だと思うけど、ともかく感想を書くわいな、さっさと。主人公の女の子がロボットに乗って戦って、そしてピンチになったりして、でもそこから逆転みたいな感じで気合いを入れて、おっしゃ、て戦う時の「うぉぉぉぉぉぉぉりゃぁぁぁ」みたいな声あるじゃないですか、あれがどうも苦手なんだわ。説明できてますかね。弱虫ペダルやんと思って。弱虫ペダルも小野田坂道君が土壇場の逆転、みたいな時に出す声があって、あの痰が絡んだみたいながんばり声がどうも……て感じだったので(漫画のコマならいいんだけど、音になると苦手てやつで、これはもうガラスを爪でひっかかれたらちょっと、みたいな、あるいはそれよりももっと特殊な何かだからほんとこんな感想は言うべきではないのかもしれない、と思いつつ)、その小野田坂道君と同じ声をジークアクスの主人公も出すわけだ。でもこれってもしかしたらアニメの声優さんの標準的文体なんかもな、と思う。そういうもんなのかもしれない。町田康先生の小説を読んで「うわあこのひとのこの書き方なんかあかんねん」みたいな。私が見たアニメ作品なんてほんと数少なくて、弱虫ペダルがそのひとつ、ジークアクスがそのひとつ、というくらい少ない、のだが主人公ががんばる時に同じ声をする、だからこれはもう、私は見てはいけないものなんだと思う、文句を言うんやったら見んなや、て世界ですな、それでこの前のサンデーの時にもそうだったけど、結局自分はいま「子供に見せられるかな」というのがわりと、こういう作品を見る時に考えることで、もちろんこれはあれだ、子供に見せられる作品であるべきなんて話じゃないですよ(また注釈入れてしまった)、見せられないでも全然OK、(ガンダムって基本これだと思うけど)男の子ならOKなんかもな……とかでも、なんしか「子供にすんなり見せられるかな」という視点で見てしまうのも許してほしい、ジークアクスな、5話の赤いロボットの上で汗をかいたお兄さんが寝てて、それを見て主人公がドキッとして、その横で別の女の子が急に服を脱ぎだして、そしたら主人公も流れで服を脱ぎだして、みんなで赤いロボットの上に寝るみたいな描写、あれ誰向けなんやろな……あと書くの忘れてた、シュウジの登場場面、シュウジよ、めっちゃ映画『寝ても覚めても』の東出昌大先生やん、東出先生て存在が魔的やったよなあとなつかしく思い出して、こういう何かを見ては何かを思い出してみたいなの、ほんま中年て感じ、いやになってくるけど5話は私としてはちょっと……て感じだったが6話は良かった、結局見てしまうよなあ、と感じたところでコンビニに行ったら赤いきつねと緑のたぬきを2個買ったら水星の魔女のアクリルスタンドがもらえるやつをやっていてそれがけっこう欲しかったけど今カップ麺あんまり食べんのよ、あと「それでも欲しいな」と思って手にとったらちょっと薄かった。