そろそろP活(小学校の、保護者の、Pから始まる英語3文字の、あれの活動)の入学式関連のあれ……(なにひとつ具体的に書けないのだが)が迫ってるよな、と思い落ち着かない気持ちに。なぜこうなったかといえば妻と子と駅近くを歩いていたらいかにも入学式帰りみたいな親子連れを何組か見たからである。あ、自分の役目、みたいなことを考えて、まあとにかくそのへんのあれが終わるまで、来週までは落ち着かない。朝、妻と子といつもの店に茶をしばきに行き、それぞれ読書、わたしは『明暗』を読む。妻がわたしの影響で「夏目漱石読もっかなー」と言っているのだが、しかしあれよな、頭を固くして考えて、いや、どうしても真面目に考えてしまうのだが、わたしはいま夏目漱石をめちゃ好んでいるのだが、明暗でもいい、道草でもいい、虞美人草でもいい、いや個々の作品を持ち出さなくてもこの時代のなんか……小説の男女観、というと一気に表現が安くなるのだが、しょせん男はかしこ、女はあほ、みたいな時代の作品やんこんなん、という、大前提を無視して「漱石おもろいで、読んでみ」とは言えない。子にすすめられるか、ううむ、すすめないな。こういうのをなんのひっかかりもなく偉大な作品だとすすめたらあほかと思われるであろう。星のカービィの小説のほうがよほど平和である。この話はむずかしいですわ、漱石ええなあ、すばらしいなあ、の中にはいくつもの留保があり、その留保っていろんな意味で人には説明できないものだから、わたしは自分の中のいくつもの留保をすっとばして「漱石おもろいなあ」とだけ言っているわけで、たとえば『杉森くんを殺すには』おもろいなあ、の中に留保が2つくらいあるとするならば(2つくらいなら説明できるかな)『明暗』おもろいなあ、の中には留保が100個くらいある。夏目漱石すげえなってすげえ思うんですけど、だからと言ってつるっと読んでみて、とは言い難い。しかしそういう「今の時代にねえ」みたいなフィルターを持っていれば簡単に斬れるのだ、というような凡キャラのはずもない、夏目漱石は、妻が「読もっかなあ、何から読めばいいと思う?」と言ってたので上記の理由でその場ではややこしいことばかり考えてしまい返事をしなかったがやっぱおもろいのは坊ちゃんですかね、吾輩は猫であるかな。明暗、延子さんがかわいそうやないの。