ああ、メンタルがあれだ、だいぶ荒んできている……みたいな状態になり、これ以上の迷惑をかけては……という感じだったので、こういう時は家との距離を取るに限る、と夜、車に移動し、移動したら移動したで用事を思い出し、ここ数日、特に昨日と今日は冷たい風が強く、でもそうは言ってもこれで今期は最後になるだろう、と予想される灯油をガソリンスタンドに12リットルほどだけ入れに行く。スーパーの駐車場に車を停め、寒いのでアイドリング状態のまま座席を倒し、ただぼんやりとグレン・グールドのゴルトベルク変奏曲の映像を見ていた。しゃべりながらひいとるで、このひと、グレン・グールドのゴルトベルク変奏曲ってなんであれかっていうと、だいぶ前に岸政彦さんのラジオを聴いていたら岸さんがおれ葬式でかける曲きまってんねん、グレン・グールドのゴルトベルク変奏曲、みたいなことをたしか(間違ってたらすんませんですけど)しゃべっていて、それでその時自分は本作りのスケジュールで精神を病んでいたところで、へえ、と思い便乗て言葉は間違ってますな、この場合、ともかく毎日聴いていた、て最近の話やなこれ。葬式でかける曲っていうのは自分の場合、イメージできない。これは死生観てほど大きな話でもないけど死んだ以上無なので曲、といってもそれは誰のための曲なんだろう、と思う、だからその時点でもし妻が生きていれば妻が好きな曲をかければいいし、といま思ったのだが、わざわざ夫の葬式で好きな曲をかけてもそんな場所で好きな曲を聴いてもおもろないだろう、曲に悪いっつうかな、自分の死はそこまで重くない、死んだら無になる、いつ無になってもよいと思えるから生きていられる、みたいなのはあるかもな。聴いているとときどき強い風が吹いて車が揺れ、グレン・グールドも揺れている、こんな顔してたんやな、しゃべりながら、ゆれながら、さっきエンジンを切ったばかりなのにもう寒い、座席をもとに戻す、ブレーキを踏む、エンジンをかける。