はてなダイアリー平民新聞

創業2002年か2003年、平民金子の元祖はてなダイアリー日記です。

挨拶

朝、ゴミを出しに行く時に町内会のじいさんが袋の整理(ひどくはみ出しているわけではないが少し道路にはみ出したゴミ袋をきれいに山に積み上げる作業)をしていたので、なんとなく気が向いて、これまでに発したことのないさわやかさで、さわやかであろうという強い意識で、首の後ろのほうにあるネジを巻き、その勢いで、

「おはようございます!」

と発話した。
すると、背中を向けて黙々と作業(ひどくはみ出しているわけではないが少し道路にはみ出したゴミ袋をきれいに山に積み上げる整理)をしていた町内会のじいさんがこちらを振り返り、

「おはようございます!」

とあちらもさわやかに挨拶を返してきた。

私は普段なら、別に何を言うわけでもなく黙ってゴミを置いたり山の上にのせたりするのだが、今日は「さわやかであろう」と強く意識していたので、まだ先ほど巻いたネジの余力もあったので、じいさんが打ち返してきたさわやかさの軌道に合わせそれをさらに打ち返すように、

「この上に(私の持っているゴミを)積み重ねてもよいですか?」

とじいさんが積み上げたゴミの山を指さして言った。
じいさんは私が打ち返したさわやかさを軽く打ち返せる位置までステップし、さわやかにさわやかさを打ち返した。

「いいですよ!どうぞ!」

そこでネジが切れ、家に帰り、ケトルのスイッチを入れニトリで999円で買った470ml入るステンレスタンブラーに120グラム598円の時に買ったゴールドブレンドを適量入れ、ケトルの湯が湧いたのでそれをニトリで999円で買った470ml入るステンレスタンブラーに7分目くらいまで入れてそこから178円で買った牛乳を入れ熱い(牛乳を入れたぶんはさめてるけど)コーヒーを飲みながら私は、先ほどのさわやかな気分がいまだ部屋の中でも持続しているのを感じていた。

良いぞ、良いぞ。

このようなさわやかな言葉のラリーは、ゴミ出しだけではなく日常のあらゆる場面で行われているのであろう。そして、このような当たり前のラリーが交わされる前提で社会は成り立っていて、だから私が感じた「さわやかさ」は多くの人にとっては「さわやかさ」ではなくて、ごく当たり前の気分なのだろう。

コーヒーから上がる湯気を眺めながら、私はとてもさわやかな気分で、来世では何をやっても上手くいくような予感がしました。森の木の葉の下で(都会はちょっと…)暮らす虫とか悪くないかもと思っていましたが、また人間に生まれることができたらうれしいと思いました。