鮭を焼く

 役所と仕事をしていて「年度」という概念を覚えたので、3月31日。今日が年度最終日で、私が愛した須磨海浜水族園最後の日なのだという事もわかる。今日はとても重要な日なのだ。施設は当面残るけれど、運営母体は4月1日から入場料3100円インバウンド高級ホテル野郎に変わってしまう。いつものスマスイのようでいて、いつものスマスイでない。これからしばらくの間、不思議な時間が続くのである。しかしコロナのあれでスマスイはずっと休園したまま、休園期間が小出しに伸びて伸びて、とやっているうちに開園の目処も現在は立たなくて、静かに最終日をむかえる事になった。のでせめて、自分だけでも挨拶しておこうと今日は須磨の海に行くつもりだったが、朝から頭痛がやまず、部屋で寝ていた。ようやく頭痛がマシになってきた午後三時過ぎ「神戸では酒場で黒霧島のことをブラックミストアイランドって呼ぶ人が多いけど他の地域ではどう?」みたいなツイートを書こうと思ったのだけどやめた。妻子を連れ出し花見に出かける。今はホント、野の花の見甲斐がある時期で、地面や石段をじっと眺める。ツタバウンラン、カラスノエンドウ、よもぎ、キュウリグサ、コメツブツメクサ?これはヒメジョオンでもハルジオンとも葉っぱの感じが違っていて源平小菊というやつだろうか。川面に葉っぱを浮かべ、こっちはあっこちゃん号、こっちは●●号、うわ、ムカデのあかちゃん見つけたで、こっちこっち、そんな事を言いながら子供と遊び、葉っぱで競争なんて何十年ぶりやと思った帰り道、子供が自転車のかごのすき間から、先日買ったばかりのハリネズミの人形(ハリちゃん)を落としている事に気付いた。あのな、ざけんなよ、となって自転車でしばらく探すも見つからない。すべてのぬいぐるみを大事にする必要はないが(人にもらったけれどいらない、気に入らないやつだってあるだろう)、大事にしているぬいぐるみを雑に扱うような真似をされると私はほんまに腹が立つ。怒りをぶつけはしないけど。好きじゃないぬいぐるみは捨てても何してもいい。けどそのぬいぐるみ、大事にしてたやつやろ?好きやったやつやろ?じゃあ適当に扱うなよ、落とした事を冗談みたいに笑ってあきらめてんちゃうで、というような事を、言いはしないけどものすごく思って、思った時点で自分にはそういうオーラが出ていて、子はすでに肩を落としている感じだし、妻もわたしがなぜそこまでぬいぐるみにこだわるのか理解しにくい感じで、先に二人を帰らせて自分だけで暗くなるまで来た道を行ったり来たりし、小さなぬいぐるみを探す。結局見つからなかった。ぬいぐるみは大事にせなあかん。自分が「好きだ」と思ったぬいぐるみはなくしたりしたらあかんのだ。探しつかれて腹がヘリ、Fにでも行こうかと思ったが閉まっていた。SさんがHで余ったもやしを持って来てくれたとのこと。夜、まだ少し頭が痛い。鮭を焼く。