ヒラメも充分高いのに

 日曜日。肌寒さはあったが気持ちよく晴れていたので子を自転車にのせて海沿いを走る。灘方面まで走ったが、外に出ているのは主に若者、若者、子連れ、子連れ、若者、みたいな構成で、コロナやらなんやらのあれを一切なくして後の世の人が、いま私が見ている絵だけを見たらなんと牧歌的な光景だと思うのではないか。かなしいような爽やかさがあった。S食堂は今どうやろな、とのぞいてみたらあいていたのでラーメンとやきめしと目玉焼きを食べる。この店ではラーメンセット、みたいなものはなくて、それぞれ単品での注文となる。ラーメンとやきめし、と注文した時におばちゃんが「やきめしにスープがついてるけど持ってきてもいい?」と聞いたので最初、何を言われているのか意味がわからなかったけど、意味がわからないなりに、くれるものはもらわないといけないと思って、お願いしますと言ったのだけど、たのんだものが全部来てわかった。そうか、やきめしとラーメンとやきめし用のスープで、スープがかぶるのか。店を出て坂を上がり、灘駅を超えてWEGをのぞく。わたし用の本と子供用の本を何冊か。村上春樹「羊をめぐる冒険」が一挙に掲載された82年の群像を初めてみたが、これは貴重なのではないか。値段は4千円。ツイッターに書いたらそれなりに反応している人がいたのですぐに売れそうな気もする。子供はWEGのソファとベッドを堪能している。私がいる短い間にも店に子連れが二組くらい来ていた。こんな時やからこそどんどん本を買いたいものだ。入った時に「こんにちわ」店を出るときには「ありがとう」。どちらもきちんと言えたので子をほめて、畑原市場へ行き何かを買おうかと思ったが、品物があまり残っていなかった。天平で唯一それだけが残っていた天かすを、凪商店できくらげを買い、西灘文化会館にいたNDに手をふる。灘に来るたびに、灘はええのう、灘はええのうとしみじみ思う。王子動物園でのんびりして、いくつかのゲームをして、メリーゴーランドに乗って、さて帰りますかとなった時に自販機で売られているICEBOXをリクエストされたので買った。ICEBOXのフタを開け、子を後ろにのせて走り出し、信号で止まったタイミングで後ろを振り向くと、手をぶるぶるふるわせながらアイスを食べていて、風も吹いているしそりゃ寒いやろ、と思い、ほんま必死にお菓子とかアイスを食べるんやな、と思った。酒屋を開店したもののめっちゃ忙しい主人公はある日、配達が遅れた事が原因でいけずされて重たい空き瓶を五本いっぺんに持たされる。もう勘弁して、いろいろしんどいねんけどワシみたいな気分の帰り道、バスに乗ってぼんやり車窓からの景色を眺めているとビルの電光掲示板に父の名前が流れた。 

 バスは日比谷を過ぎて築地まではもう一ト息、新橋側の稜という稜は皆ぴかぴかと光って、まぶしく見あげる眼に暗く、お日様はどこにいるのやらもう沈んだのやら、京橋側は一面にただ明るいばかり。数寄屋橋。一条の水、夕映の水、離れて久しいふるさとの水、隅田川、郷愁が水につらなり胸に流れた。一波千波、とろりと静かな残照のそのなかに、輝きなきせせらぎが、こめかみのあたりにちりちりと流れて見えた。はっとした。ねじりきった身の眼の限りに、ロハンという字が顫え顫え消えた。脳溢血! 朝日新聞だ。ニュースだ。尾張町から夢中で駈け戻った。十字路。 

(幸田文「勲章」)

  この文章で出てくる十字路、という言葉が二十年くらい前の自分にはショックだった。だからこのフレーズも当時書き写してよく覚えている。十字路か、なんかかっこええなあと思った。「勲章」をいま読み返すと、この部分よりも翌日主人公が文化勲章をもらった幸田露伴を訪ねた時の帰り、女中から平目を手土産に渡されるところがおもしろい。さらに翌日、子(青木玉)を連れて訪ねると何も知らない父から「(昨日の)鯛はうまかったか?」と聞かれる。女中は、渡すはずだった鯛を隠して、安いヒラメを渡していたのだった。子供は(鯛も平目もわからないので)素直に、おいしかったよと答える。いま私は「安いヒラメ」と書いたが、たぶんそういう事なんだろうなと思って書いた。ここの部分は感覚としてわからなかったのだ。ヒラメも充分高いのにと思って。