「あつまれ どうぶつの森」

 今日、ごく一部の人(自分もそのひとり)にとってものすごく重大な発表が神戸市からあった。須磨海浜水族園がふたたびの閉園延長で、3月31日まで閉園ということだ。こういう時だから仕方ない気がするけど、というのがほとんどの人の反応だと思うが、わたしたちごく一部の人間、つまりスマスイ狂人にとって、この発表が意味するものはあまりに大きい。スマスイはニュースにでも取り上げられているけど再開発の計画がけっこうあれな感じで、まったくの別物になる。で、いままでの、私たちの大好きなスマスイ、というのはこの3月31日で終わりだったのだ。施設自体は4月以降もしばらく現状で残るけれど、運営母体が変わる。この神戸市の発表によって、わたしたちスマスイ狂人は、スマスイを支えてくれた人らに挨拶したりお別れする機会を失ってしまったのである。なにしてくれとんねんダボが。という感じで、コロナのあれやこれやで一番ショックな出来事であった。いやー参った。ほんまダボやで。Sさんから課題図書として渡されていた内田樹「そのうちなんとかなるだろう」を読み始める。この人、苦労してはるんやな……と思いながら読みすすめ、いくつか参考にしたいところがあった。ひとつは、内田少年が小学校五年生の時に学校に行けなくなった時、親は何かを言うでも行くように説得するでもなく、淡々と、ほな他のとこ、と転校するための手続きを始めた、というところ。もうひとつは、内田青年が高校を辞めて家を飛び出したものの、一人暮らしはやっぱしんどく、あの時は生意気に家を出てすんませんでした、と実家に出戻った時に、親が何も言わずに受け入れた、というところ。以下引用。

 いろいろ言いたいことはあっただろうけれど、そういうときにかさにかかって子どもに恥をかかせるようなことはしなかった。僕はそのときに家出に失敗したぼんくらな息子を両親が黙って受け入れてくれたことから人生についてより多くを学んだように思います。

 たとえ家族であっても、どれほど親しい間であっても、相手にどれほど非があっても、それでも「屈辱を与える」ことはしてはいけない。これは父母から学んだ最もたいせつな教訓だったと思います。(p41)

 今日、山をパトロールしながらいろいろ考えてたんだけど、それは明日書こ。ミツバツツジだろうか、とても綺麗に咲いていた。こんな事をことわる必要があるんだろうかと思いながらも一応ことわっておくが、毎日更新する日記は今日が最後です。「あつまれ どうぶつの森」を始めたから。ようやく、やりたい事がみつかった。