藤の花

 昨日「辛辛魚」の話を書いたけど辛いインスタント麺といえば、SNSでの評判をみて、これは買ったらあかんやつやなと敬遠していた「ペヤングやきそば獄激辛」を、妻が無邪気な感じでスーパーで買ってきて、あるからには食べなあかんのかというような気持ちで昨晩、湯を入れて食べ始めたが、美味い、旨いと書くべきか、これはおいしいぞと思いながらも一口目から唇が痛く、二口、三口目くらいで休憩が必要だとなった。一番大きいコップに水を入れ、唇を冷やしながら食べ進め、と書くほどには進まない。結局4割くらい食べたところでこれはあかんと箸を置いた。出てくる汗はともかく、唇の痛みが厳しい。しばらく水で唇を冷やして、三十分くらいでようやく落ち着いた。無理して食べようと思ったら食べられたかもしれないが残したのは英断であった気がする。
 朝、ぬり絵をしている子供が薄紫のペンを持って「これは……ふじいろ。ふじって何?」と質問してきたので「そういう花があってやな」と説明。公園なんかにあるんや、と。そこでスマホに「藤 花」といれてイメージ検索し、こんな感じ、と見せた。こういうのって、ひとむかし前だったらよほど近所の公園にあるとかじゃないかぎり「また図書館にでも行った時に図鑑で見せたるわな」とか適当な約束をして、99パーセントそのまま忘れてしまうやつやな、と思った。藤の花が実際にどんな花なのか、あとで見せたるわ、というのは生活の優先順位でいえばけっこう下の方になってしまうからだ。冷蔵庫の中に人参が足りないな、とかのほうが100倍大事である。そしてたとえばミッキーマウスが好きになった子が「ディズニーランドに行きたい!」と言って「いつか連れて行ったるわな」みたいなのだったら子供にとっても重大事だからその「いつか」は大切なものになるだろうが、なんせ「藤の花」である。大人にとっても子供にとっても優先順位が低くなってしまう、花にまつわる「いつか見せたるわな」みたいな約束は、おそらくひとむかし前ならば、やってこなかった可能性が高い。でもいまは、手元のスマホですぐに藤の花を見せてあげられるのがいいなと思った。そして「これこれ、これやで」と言って見せた薄紫の花に子供は全然興味なさそうであった。映像研11話見る。電車の中での会話、浅草が「金森氏は友達じゃないよ」と言ったら水崎氏が「じゃああたしも(…友達じゃないの?)」みたいになって、そしたら浅草氏が「われわれは友達じゃない、仲間だ」みたいに言うやつ。さて、どこ行こ。