どこからか、有山じゅんじの声が

 最近どこかで何かした拍子にとつぜん映画「ヴァンダの部屋」を思い出した。「ヴァンダの部屋」で部屋の中にいても絶え間なく聞こえてくる工事の音について。工事の音?かどうか、もう記憶が曖昧だ。見たのは16年前、渋谷のイメージフォーラムだった(日記を検索したら出てきた)。ただ、肝心な事だが映画をなんの時に思い出したのだったか、全部忘れてしまった。こういう事ばかりだからマメにメモをとっておかないとなと思う。そんな事があって、映画を思い出した事も何もかも、忘れてしまっていた時に、昨夜「文學界」3月号を風呂で読んでいたら小野正嗣さんとペドロ・コスタ監督の対談がのっていて、小野さんが冒頭でペドロ・コスタ監督の最新作「ヴィタリナ」での、作品に流れる音にふれていたのだ。以下、引用はすべて「文學界」2020年3月号p224「映画が生まれる場所、言葉が生まれる場所」より。→小野「映像だけではなく、音も素晴らしいと思いました。絶えず外部の物音、ざわめきが通奏低音のように聞こえてくる。(中略)コスタ監督の映画では、常に登場人物たちが話している背後、動いている背後にざわめきが聞こえる。そのざわめきの中には、物音だけではなく、複数の他者の声が混じっている。」この対談は下北沢B&Bでおこなわれたらしくて東京すごいと風呂の中で思った。風呂に入って文學界を読んでいると子供が何度も邪魔しに入ってくる。そして私が風呂で本を読み、自分が邪魔している様子を描いた絵を脱衣所で描いている。コスタ「私は貧困に苦しむ人たちについての映画を作りたいとは思いません。それはたぶんできない。おそらくどんな映画作家でも、貧しさについての映画を作るのは難しいと思います。そういったことを考えるのなら、街に出てデモをするなど、映画を作る以外のことがある。首相になったり、テロリズムに走ることもあるかもしれない。映画というのは、ただでさえややこしい人生を、さらにややこしくするためにあるのだと思います。スローガンのように常に浮かぶ言葉があります。暗闇をさらに暗くしろ、ややこしいものをさらにややこしくせよ、という言葉です。」小野「オーストラリアの詩人、ゲオルク・トラークルの言葉ですね。(後略)」この部分に出てくる詩はなんという題名なんだろう、本を買いたい、読みたいと思って検索窓に「暗闇をさらに暗くしろ、ややこしいものをさらにややこしくせよ」と入力した。すると「iPhoneの画面をもっと暗くする方法」みたいなやつが何個も出てきた。
 昨日。子供の自転車を片手で持ちながら子供と犬をのせて自転車で走っていたら、うしろからCさんに声をかけられた。荷物だらけで走る私の様子がおもしろくてうしろから撮影していたとのこと。「Fの横のパン屋あるやろ?あそこおいしいな」「あたしもたまに行くで」見るとCさんも荷物だらけで、粗大ゴミをたくさん拾ってきたとのこと。Cさんは拾ってきた椅子をRとNに配っていた。今日は朝から雨。今日は朝から雨、と書くとそれだけでどこからか、有山じゅんじの声が聞こえてくるようだ。