ああ、おれは小さい。心からそう思った。

 東京に引っ越した日は、2001年の、あまり記憶にないけど4月くらいじゃないか。数点の衣装ケースとか炊飯ジャーとか、引っ越し荷物と言うには少ない量の配送を業者にたのみ、私は青春18切符を使って大阪からか京都からか忘れたけれど、ギターやらなんやら、人力で運ぶにはかなり多い量の荷物を持って電車に乗っていた。25歳だった。大阪から東京までは寄り道なしで10時間くらい。当然のように、配送業者が来る時間に到着出来るはずもなくて、私は犬山秋彦君にメールをしてアパートの住所を教え、業者が来るまでうちのアパートの前で待っといて、みたいな頼み事をした。今から考えたら非常識なお願いとしか思えないし、犬山君にしてもなんで急にそんな事をたのまれてぼんやり数時間もアパートの前で荷物を待っていてくれたのかわからないのだが、とにかく彼は軽い返事で、5時間も6時間もアパートの前で業者を待っていてくれた。部屋の中、ではなく(鍵がなかったので)アパートの前でずっと待っていてくれたのだ。ごくたまにこの日の事を思い出す。いくつか、不思議だなと思うからだ。なぜ自分は、業者の配送日に、時間のかかる18切符で東京に向かったのか。なぜ荷物を全部業者にたのまずラジカセとかギターとか一部のダンボールとかを鈍行列車で運ぼうとしたのか。なぜ犬山君は平日の昼間、急なお願いにも関わらずアパートの前で何時間も荷物を待っていてくれたのか(私が東京に着いたのは夜だったんじゃないか)。当時はグーグルマップとかもないので、住所を教えても簡単に現地には行けずに、かなり道に迷ったと言っていた。天気は良いが気分がさえない。さえないというかピリピリしている。週末がイベントの週は「たのむからこの体調がキープされますように」と神頼みみたいになる。前週までは「準備せな」と実務というか勉強モードなのだが、当週になるとそういうのはなくなって、平和にその日がやってきて欲しい……とただ祈っている。3月末で年度が変わるので新しい人間になろうと思う。きちんと挨拶する。名刺を持ち歩く。他人としゃべる。子供に「挨拶しろ」と厳しく教えるたびにお前は出来てんのかという声が聞こえる。Rで象のイラストが描かれたモロッコヨーグルの箱をもらう。子供にあげようと思って公園で妻と遊んでいる子供に「あげる」と声をかけ、欲しそうに手をのばされたところで心の中の私がささやいた、「これめっちゃかわいいやん。あげるなって。子供にやってもすぐつぶされるだけやろ。自分で使えって」。私は揺れ、箱を持ったまま逃げてしまう。黙って、無言で、公園から逃げてしまう。そして家に帰って箱をかくす。ああ、おれは小さい。心からそう思った。かわいい箱になに入れよっかな。ほとぼり冷めたら忘れるやろ。