はてなダイアリー平民新聞

創業2002年か2003年、平民金子の元祖はてなダイアリー日記です。

My Country

朝は色々野菜を入れた味噌汁。昼は高菜チャーハン。ルミナリエ最終日だったが、昨日行ったので今日はいいや。夕方、いつもの魚屋に挨拶まわり。風呂場で子供の髪を切る。夜は子供の残したサンマご飯と、サンマご飯を食べないのならと次に作った納豆ごはん(結局どっちも残された)をまとめてドカンと味噌汁をぶっかけた物で、つまりは残飯だが、味は悪くない。先日NHKで放送された「私のCASA(家) “日系南米人”団地物語」という番組は、1990年の入管法改定前後にペルーやブラジルからやって来た日系移民の3世たちと、日本で生まれ日本で育った若い世代の4世たちが、人生や進路に悩みながら団地で暮らして行く物語であった。日系ブラジル人4世、中学3年生のジオバナは『日本に育ってきたけど、絶対日本人のようには見られない。何か「ガイジン」って感じ。小学校の時は机にさわったらすぐ「さわんないで」とか言われたり。それがかなしかった」と話す。ジオバナは弟2人。父親は工場で夜勤をし、母のニベアもはんだ付け工場で働く。母もジオバナの進路で悩んでいた。『私たちは日本で「労働」はしていますがとても「職業」とはいえません。好きな仕事ではなくやれる仕事をしているんです。ジオバナには将来自分のやりたいことをしてほしいと思っています。娘が日本の大学を卒業し同じ条件をみたしていても就職活動で「日本人ではない」という理由で不利になるのではないかと不安です。だからこそ娘にはブラジルにいく機会も与えたいのです。娘に両方の国を知るチャンスを与え彼女自身で将来を選択してほしいと思います』。ジオバナの一家は全員がブラジル国籍だが、4世となる彼女の世代には在留資格に制限(親の扶養を受ける未成年で未婚の実子)があり、もしジオバナがブラジルで進学(もしくは就職)し、そこで成人すれば今後家族のいる日本で再び暮らせなくなるかもしれない。『娘と私を比べた場合、どちらが日本にいる資格があると思いますか?それは娘でしょう。娘は日本語を話せるし、読み書きもできます。4世はほとんどが日本で育ち日本で勉強しているので、私たち3世よりも日本の文化をよく知っています。でも私は日本に戻れますが、戻るべき娘は戻れません。それが少し不公平だと思うんです』と母は心配している。『私も4世で後から日本に戻れるか分からないし、気持ちはふたつにわかれていて。ブラジルに行っても絶対日本には戻りたいって思うし、ブラジルと日本で過ごしたい。日本に行ったりブラジルに行ったり。それができる仕事がしたい』カメラの前でそう話すジオバナは、日本で進学するのではなくブラジルに行く事を決め、友人の誕生日会でそれを打ち明けた。同じ団地に住み、同じ4世で、日本で暮らす事を決意し音楽制作に打ち込む19歳の朝彦はこうラップする。

96年ここ日本に生まれ
記憶は団地の中のまんまで
経験も積み重ね
やりたいことやって
今日まで生きてきたのは
楽じゃないってことを証明
金もなくて
でもここじゃそれが一般家庭
笑顔と飯があるだけで幸せ
そうやってここの奴ら育てられ
自然に仲間も増えて悪さもきりがなく
やり続ける
クソな人生だってこともわかってる
マジメな奴らよりは楽しんでる


Hello underground
オレもドアを開けて握るマイクロフォン
わからないならわからせるぞ!
一か八かこの道に賭けよう
MY LIFE This is My Life
後悔はない
MY LIFE This is My Life
バカにするのも いま見とけ将来
MY LIFE This is My Life
泥からスタート 結果ダイヤモンド

日系3世たちが日本にやって来た時代の少し前、日本がこれからバブル景気へと向かおうとする1985年に「団地妻 尻奴隷」は制作された。「しがないアニメーター」で兄夫婦の住む団地に居候するシュンスケがブラジルに行った時に関係を持ったアグネスが、シュンスケの「アイ・ラブ・ユー」の言葉を信じ、愛する彼を訪ねてはるばる日本に来る場面から映画は始まる。空港からタクシーに乗ったアグネスは交通渋滞に巻き込まれ、これでは車が進まないとタクシーを降り現場が混乱する中で、謎の中国人女性と持っていたスーツケースが入れ替わってしまう。中国人女性は覚醒剤の運び屋をしており、アグネスは何も知らずにその覚醒剤入りのスーツケースを持って「ヨメに来たよ!」と元気にシュンスケ達の暮らす団地を訪ねてくるのだ。ここを読んでわざわざこの作品を見る人もいないと思うので結論を書くと、金もない(なんせ居候だ)、自信もないで結婚を渋るシュンスケとアグネスは喧嘩別れしたりもするのだが、アグネスの持っている覚醒剤入りのスーツケースを奪いに来たヤクザ達との決闘などもあり、最後は二人仲良く結ばれる。この映画の一番美しい場面は、右も左もわからないアグネスがシュンスケを訪ね、初めて日本で夜を過ごし、ベッドで目覚めるシーン。アグネスはカーテンを開け、朝の光と風をあび、そして希望に満ちた目で、広がる集合団地の風景を見て「My country」とつぶやくのだ。