はてなダイアリー平民新聞

創業2002年か2003年、平民金子の元祖はてなダイアリー日記です。

退屈に流れる一日

こういう日だから、というわけではないけれど……と書き始めたものの、やっぱりこういう日だからとしか言いようのない理由で、昨日から今日の夜中遅くまで、本棚の奥から引っ張りだした「神戸在住」(木村紺)を読んでいた。夜中3時が過ぎ、4時前にもなるとさすがに眠くなりそのまま寝る。8時頃、いつものように目覚め、牛乳を電子レンジであたためる。今日という一日を、僕は東京でどのように過ごすのだろうか。いや、そんな飾ったような一日になるはずもなく、いつものように洗濯をして(天気が良いから!)、漫画の続きを読んで、ラーメンを食べたり、「メモワール」の続きを読んだり、散歩したりして過ごすんだろう。こういう記憶にも残らないような退屈に流れる一日が案外大切なものなのだという事を知っているから。
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写真。上から二枚は以前ツイッターに少しのせたけど、1995年当時ボランティアでうろうろしていた時に使っていた長田区の街地図。原付に乗って、信号もなくなった瓦礫だらけの街を毎日走っていた。三枚目はどこかで配っていた産経新聞の特別号外版。避難所暮らしの工夫の欄にある【崩れた家のレンガやブロックで「かまど」をつくり、倒れたフェンスは料理用の網に。冷たいおかずに火が通せるように。】という一文は平時に見るとユーモアのようだ。でも当時、倒れたフェンスで網を作っているのは見た事ないけれど、かまどや倒壊家屋の建材(長田区は木造住宅が非常に多かった)を使ってのたき火はあちらこちらで見かける普通の風景だった。四枚目はこれもどこかで配っていたステッカー。1995年のプロ野球はオリックス・ブルーウェーブがこのスローガンをユニフォームの袖につけて戦っていた。このステッカーを貼った車を関西ではけっこう見かけた気がする。神戸にいた頃の写真は一枚もない。当時カメラを持っていたら自分は何かを撮ったのだろうか。おぼえているのはさえぎる建物や電灯のなくなった町に射す夕日のおどろおどろしい美しさだ。だからもしカメラを持っていたら、たくさんの夕焼けを撮ったと思う。