毎朝四時か五時頃には目が覚めて、直後数時間はシャキッとしているんだけどあとの時間は常に頭がぼうっとしていて体もだるい。こういうのを時差ボケっていうのかなと思いながら、吉祥寺のスターパインズカフェに友部正人のライブをみに行った。メキシコに持っていったiPhoneには小林旭をたくさん入れていたのだけど、今回結局それはほとんど聴かず、おまけのように入れておいた友部正人のアルバム「はじめぼくはひとりだった」だけを何度か聴いた。メキシコは至る所に陽気で哀しい音楽があふれていて、あまり日本から持って行った音楽を必要とはしなかった。それでも友部正人だけは何故聴いたかというとやはり言葉も通じない国で夜中ぽつんとしている時に、ふと懐かしい気持ちで十代や二十代の頃の事などを思い出し、そういった記憶の後景には友部正人の歌声が色濃くあったからだ。今日はライブ開始が夕方の五時と、とても早かったから新しい曲から古い曲までたくさん聴けてよかった。ぼんやりと背中を丸めて眠るように二階席の手すりにもたれていると歌声は吐息のようにやさしい。十年以上前、淡々とギター一本で歌い続ける友部正人のステージに退屈さを感じた時期があった。でも今のぼくは、今の友部正人に強いあこがれを感じる。友部正人という人は、自分にとって死に向かう手本みたいな存在だ。死に向かう、つまりは生きるということ。生きるということは、良し悪しを超えている。高田渡はぷつんと途切れてしまったけれど、友部正人は今日も吉祥寺でうたを歌っていて、僕は部屋を出る前に彼女とセックスをしたり、残り少なくなったジンジャーエールのグラスを眺めている時に、会場でなつかしい友人に再会したりする。生きていたの?もちろん。友部正人のライブで偶然会えるなんて、とてもうれしい。きみが元気そうにしているのがこんなにもうれしいなんてね。アンコールで、ちょっとしたリクエスト大会があったんだけど「38万キロ」とか「いっぱいのみ屋の歌」とかがリクエストされて得した気分になった。リクエストしてくれた人、ありがとう。僕だったら今日、何をリクエストするかな、と考えるのが楽しかった。度胸がないので声には出せないけれど、想像上の自分は客席から友部正人に「トム・ウェイツのJersey Girlをお願いします」とリクエストしている。僕らは、うまくいく。なんとなくだけど。今日はそんな気分だったのだ。