はてなダイアリー平民新聞

創業2002年か2003年、平民金子の元祖はてなダイアリー日記です。

いとおしい(石川真生写真展「港町エレジー」)

朝起きたら気持ちの良い青空だったので洗濯をし、まわしている間に、散歩。階段に当たる日差しに、毛並みの悪い猫が気持ち良さそうに眠っている。どこかの路地や建物の隙間から出てきたのか、体表にたくさんついた埃が光に照らされて輝いている。しばらく歩くとブロック塀の上の、これまた日差しの当たる部分に黒猫が眠っていて、猫は正直だ。そう思いながら部屋に帰り洗濯物を干す。旅券申請のためパスポートセンターへ。平日だというのに随分混雑していた。その後区役所に行き、税金の事や保険料の事などあれやこれや。疲れたな、と思ってしばらく雑居ビルの壁にもたれていた。座るとそのまましゃがみ込んでしまいそうだったので立って、携帯を見ていた。電車に乗り、新宿へ。東口を出て人いきれにのまれそうになりながら二丁目まで歩き、photographers' galleryにて開催されている石川真生写真展「港町エレジー」をじっくりと見る。今日が最終日。階段を四階まで上がり会場の扉を開けると、自分一人しかいなかった。あれだけたくさんいた多くの人は飲みにでも行っているのだろう。僕はガムを噛みながら一枚一枚、彼女が踏み込んで、あるいは距離を置いて、撮影したおっちゃん達の写真に向かい合う。一枚、じっと見ながら次の一枚へ。そうしてギャラリーを一周したら、またもう一周。今度は逆からもう一周。おっちゃん達を、例えば異界の住人として好気の目でとらえるわけではもちろんなく、かといってその場や人にいたずらに同化してみせるわけでもなく、ただそこで生きている人に寄り添って、その生き姿を写真におさめるという、石川真生の姿勢の、真ん中の真ん中にあるものはいったい何なんだろう。倫理、だろうか。違う。しばらく考えて、ソウル。やっぱりソウルだな、まおさんは。と思いながら第1ギャラリーを出て、廊下を挟んだ向かいの第2ギャラリーの扉を開ける。そこで最初に目に飛び込んできたのが、全裸に靴だけ履いて(その靴底は踏まれている)流し台の上にまたがり、金玉なのか肛門なのかを洗う(あるいは小便をしている?)おっちゃんの後ろ姿のどアップ。次に飛び込んできたのが草むらでうんこするおっちゃんをフラッシュたいて撮影した写真。そして沖縄の、朝か夕かのやわらかい日差しが髪の毛にあたった静かなポートレイト。すごいな。もう、圧倒された。この前彼女が東京に来ていた時に時間の都合がつけられなくてトークショーに行けなかった事が悔やまれた。すごいな、すごいな、と惚けているうちに閉館時間が近くなり、ギャラリーを出て降りて行く階段の途中で、ビルの曇った窓ガラス越しに雪が見えた。大粒の雪。外に出ると、歩く人はみな傘をさしている。僕は干してきたままの洗濯物の事を気にしている。にぎやかな二丁目の街。見上げるとネオンのあかりに激しく降る雪が照らされて、それは入れ代わり立ち代り暗闇に浮かび上がっては消えて行き、また浮かび上がる。とても綺麗だ。そう思いながら同時に「この雪、あびてても大丈夫なんかいな」と頭のすみで考えてしまう。傘を持たずに歩きながら、東京の雪景色が美しいと思いながら、去年の冬に雪が降った時にはこんな事を考えてはいなかったけれど、今は頭のすみで考えてしまう。雨だってそう。太陽の光だってそう。どこか意味合いが違ってきたというか、別にそこまで大げさに考えているわけでもないけれど、でもやっぱり、頭のすみで「大丈夫かいな、この雪は」というような思いが、街頭に一瞬照らされては消えて行く雪と同じはかなさで心をよぎるのだ。悲しいとか腹立たしいとかではなく。そんな事をごちゃごちゃと考えながら歩いていると、相変わらず新宿駅の入り口は複雑で、東京に10年住んでいてもどこにあるのか見つけられないし、見上げた空から降り続く雪は相変わらず美しい。やっと見つけた駅改札への階段前には若者が大量にたむろしていて、皆一様に顔を上気させている。そんな金曜日の夜。濡れたダウンジャケットに手を触れながら、階段を降りる前にもう一度うしろを振り返った。並んだ若者のたくさんの頭ごしに見える、ネオンに照らされた雪の粒。この光景にふさわしい言葉は「いとおしい」だと思った。