吉祥寺をぶらぶらしていたらちょうどスズキコージのイラスト展をやっている所で(http://www.zuking.com/info/index.html)、「おお…」と思いながら階段を上がっていくと御本人がおられたのでびっくりした。でもこういう場で何かを話しかけられるかというとそうでもなく「おお…」と思いながらひたすら目をふせていた。イラスト展は今日まで。運がよかったらライブペインティングも見られるかもしれないので、ファンの人とか興味ある人はぜひ行ってみて下さい。そのあとはテアトル新宿に行って「たまの映画」(http://www.tamanoeiga.com/)を見る。「たま」という存在を全く知らない人が見ておもしろいのかどうか僕は知らない。でも「たま」の事が好きだった人、いまもメンバーそれぞれの活動を追いかけている人、そしてなんかこう「死ぬまで楽しく生きたいな…」みたいな事を考えて日々暮らしている人にはたまらない映画だと思う。何かが終わったわけでもそして始まったわけでもなく石川さんも滝本さんも知久さんもただ音楽をやったり裸になったり虫を飼ったり出会ったり別れたりしながら生きているだけだ。柳原さんが登場しないのも含めて「これは映画(現在)なのだ」と思った。知久さんが父親が亡くなった時の事を語る場面がぼくは好きだ。あと後半で知久さんと石川さんが昔石川さんが住んでいたアパート跡地を訪ねる場面があるんだけど、今は駐車場になっているその場所に並んで立って「(部屋があったのは)ここらへんじゃないかな」と二人は頭上を指差す。カメラは当然のように二人の指先がむかう方向、今はもう何もなくなった空間、空をうつすんだけど、ぼくはそこ(空)で映画は次の場面に転換するのかと思った。でも空にむかったカメラは、忘れ物をとりに行くみたいにして、また駐車場に立つ二人のおっさんのはしゃいだ笑顔にもう一回戻ってくるんだ。その何でもないシーンがぼくはすごい好きだった。ここに、いる。映画を見た前日、たまたまなんだけど吉祥寺のヨドバシカメラに行こうと思って、裏の駐輪場に自転車をとめ、入り口までの道を歩いていると、そこにあるスターパインズカフェでパスカルズがライブをやっていた。別に何も変わっていないし、誰かがどこかに行ったわけでもない。死ぬまで生きているだけなんだろうな、この人たちは。そんな事を、駐車場のシーンを見ながら思った。映画館の前で道行く人にチラシを配っている監督も、映画を見終わって夜のにぎやかな新宿をぶらぶら歩いている僕も、みんなあちこちで出会ったり別れたりしながら、死ぬまで勝手に生きているだけなんだろう。「たまの映画」はなつかしくもなんともない、現在の映画だった。年の瀬に見れてよかったです。ぼくも楽しく生きていこう。今日はテアトル新宿年内最後のレイトショー上映(http://ameblo.jp/tamanoeiga/entry-10735737572.html)なので、興味ある人は行ってみて下さい。写真は劇場にいた今泉力哉監督。
