はてなダイアリー平民新聞

創業2002年か2003年、平民金子の元祖はてなダイアリー日記です。

「ワンと吠えりゃ(ワン!)ツースリー」問題

きのうに引き続き、伊賀忍法帖を読んでいる。かれこれ二ヶ月くらいぼんやりと考えているんだけど、結論が出るような話でもないんで書きます。ヤッターマンのオープニング曲の「ワンと吠えりゃ、ツースリー」て歌詞あるじゃないですか。あれってすごいなあと思う。ふつう「ワンと吠えりゃ」ていうフレーズを用意されて、そのあとに続く歌詞を考えよって言われたら、ぼくたちは「ワンと吠えりゃ」がかかっていく、「ワンと吠えりゃ」に関係ある歌詞を書くんじゃないかと思うんですよね。「ワンと吠えりゃ、とんでくる」とか「ワンと吠えりゃ、ニャンと鳴く」とか。でも若林一郎は「ワンと吠えりゃ」のあとに「ツースリー」て書く。「ワンと吠えりゃ」て言葉にまったく関係なくはない、その「関係なくはない具合・配分」がすごいなあ、と思って。「ワンと吠えりゃ、ツースリー」てフレーズ、考えれば考えるほどにおそろしいと思う。「ワンと吠えりゃ」て初めにあったら、犬がワンと吠えてるようなイメージにとらわれちゃうじゃないですか。なんていうか文章を書いていく場合「ワンと吠えりゃ」てはじめに書いちゃったらもうそれで一単語みたいになってしまうから、次の言葉をさがすための足がかりとして前の言葉を見た時に、なかなか「ワンと吠えりゃ」を分節化してそこから「ワン」だけ抽出し、さらにその「ワン」のイメージを犬の鳴き声から数字のワンに変換し「ツースリー」とつなげる…ていうのはできないと思うんですよね…。100歩ゆずって、そういうイメージの持っていきかたというか、フレーズを分節化してイメージを転換させる、ていう思考回路までなら手に入れられるかもしれない。でもやっぱ「ワンと吠えりゃ」のあとに「ツースリー」て言葉を続けるっていうのは、これ言うともう全てがおわっちゃうんですけど、ほんとにおわっちゃうんですけど、圧倒的に、才能の問題だと思うんですよね。才能って、下手にあこがれると石になっちゃうんですよ。だから深々と、のぞきこんではいけない。「ワンと吠えりゃ、ツースリー」ってすごいな。って、この「すごいな」て思っちゃった時点で、負けなんです。それ以上のぞきこむと、石になって、動けなくなる。「ワンと吠えりゃ、煮込みうどん」とかだったら僕にも書けると思う。でも「ワンと吠えりゃ、ツースリー」とはちょっと書けないなあ。相手は作詞でご飯食べてるプロ中のプロなんだから…とかそんな事は関係なく、やっぱり「ワンと吠えりゃ、ツースリー」みたいなフレーズを目にしてそれについてあらためて考え出すと、なんかくやしい気がしますよ、ぼくは。そんな事を街を歩きながら、自転車に乗りながら、昨日もぼんやりと考えていました。今晩はチキンラーメンにしよう。野菜をたくさん入れて。でもなんかくやしいな。このやろう!て思いながら。そしたら少しだけ、雪がふりました。