父の夢を見た。ぼくたちはテーブルに向い合わせに座り、ぼくは父の事をFさん、と名前で呼んでいた。Fさんはぼくに語りかける。昔は仕事中、ちょくちょく酒を飲んでいたんだよ。もちろんそんなにたくさんは飲んでいないけれど、ビール一缶くらい。それでも平気だった。みんな今より大らかだったからね。今じゃぜったいにそんなこと出来ないけど…。へえ、そうなんですか、とぼくは答えた。目の前にいるFさんはずいぶん、(たぶん今のぼくより)若く見えた。
きみが小学生の頃、俺の会社のコンテナに火をつけた時の事はおぼえてるだろ?ものすごい騒ぎになって。あのときお父さん大変だったんだ。なんで会社をくびにならなかったのか、不思議なくらい。あの頃から比べたら、きみも俺もずいぶん年をとったもんだな。実際、あの頃のきみが何を考えていたのか、今でも俺にはわからない。Fさん、ぼくがコンテナに火をつけたのは、たぶん、ただ楽しかったからなんです。ぼくはあの頃、みんな消えてしまえばいいと思っていました。
最近からだの具合はどうなんだい?とFさんは問い、ぼくは正直なところ、あまり良くはない、と答える。きみが一度、おれのことをころすって言って包丁持って会社にまで来たことがあったじゃないか。あれは本気だったの?…たぶん本気だったと思う、とぼくは答え、父の前に置かれたグラスにビールを注ぐ。今だから言うけどね、とFさんはビールをあおり、「目の前にいるきみたちをころしてしまいたい、と思っていたのは俺の方だったんだよ」そう言って、ぼくをぐっと見つめ、凝視されたぼくはといえば、ヘアピンを人差し指に突き刺して、自分の爪を剥いでいるのだが、痛みはない。
ぼくはその痛みのなさについて考える、1979年の長崎、佐世保で、1985年の、大阪で、1994年の、香港で、それはとてもなつかしく、いとおしい、太陽、血液、コカ・コーラ、ガソリン、豚小屋、トラックターミナル、便所の壁に描かれた男と女、キャベツスープ、雨に濡れた野良犬の、すえた毛のにおい、今ではもう、手が届かないもの、それは、太陽と、ウイスキー。
そう、昔はもっと大らかだったんだ、仕事中にビールも飲めたしね。きみが何をやろうが、きみはきみだし、お父さんはお父さんだ。いっさい関係ないだろ?わかるね?とFさんは言い、ぼくを抱きしめる。きみは今でもずいぶんたくさんの人にやさしくしているね、きみはとてもやさしくって、そのやさしさで会う人をたくさん傷つけてきたんだよ、だからもうそろそろ、きみは自分の来た道をふりかえるべきだし、あたしにやった事すべてを、命をかけて償ってもいい頃なのよ…、と、抱きしめられた手をふりほどき、ぼくは相手を突き飛ばすと、目の前にいるのは、とても見慣れた女の顔だった。