はてなダイアリー平民新聞

創業2002年か2003年、平民金子の元祖はてなダイアリー日記です。

ビール魔人伝第一回「松屋の朝」

午前五時、新宿。「平民君、今から松屋に行こう!」と元気に言われたので、ぼくはてっきり朝ごはんでも御馳走してもらえるのかと思っていたのだが、食券機で彼が購入するのは「えっと、ビール…ビール…と。よし、いちおう最初は二本買っておこう。それで、お新香ひとつ…と。これでいいよね」


ぼくはたいがい酒ばっかり飲んでいるので、今までも、自分以上に酒を飲んでいる人というのを見る機会があまりないのだけれど、彼だけは特別だ。ぼくらは前日のお昼頃からそれぞれ違う場所で酒を飲んでいて、全く寝ていなかった。写真にうつっている時計を見ると午前七時をまわっている。日曜日、早朝の松屋でカウンターに続々と並ぶビール瓶。その数10本以上…。つまみは紅生姜。


「よくこういう牛丼屋に行くんだよね。ビール飲みに。え、牛丼?食べたことないよ。ぼくはお新香しか頼まない。ビールはお米だから、これがぼくの御飯なんだよね。牛丼とビールはお米同士。だからいっしょに食べるとお米どうしがぶつかって、体に悪い。それでビール。やっぱりビール。男は黙ってプルトップ、シュコーン!とあけたら新世界でさ、ロックなんだよ、オーケイ。すいませーん、おかわり下さい、ビール二本。えっと、こういう店は朝から飲めるからね。ビールとお新香、フルコース。ビールは神だよね、おいムラシット、なんか面白いこと言えよこの野郎」



『ビール魔人』という言葉が浮かんだ。彼はビール魔人なんだ。ビールの神様に愛されている、かどうかはわからないけれど、彼は誰よりもビールを愛している。ビールにとり憑かれた男、id:Delete_All。ぼくは彼に会って以来、長年抱いていた疑問をぶつけてみる。「ぼくはあなたがきちんと食事をしている所を見た事がないのだが、普段は何を食べているのですか?」すると魔人は即答する、ビールだよ、オーケイ、Wind is blowing from the Aegean、ビールは海。写真奥で突っ伏しているのはid:murashitくん。未来ある若者よ、せいぜい頑張って生きてくれ。魔人にとり憑かれてはいけない「おい、なんか面白いこと言えよこの野郎」


午前八時の青空。日差しがとてもまぶしい。今日は夏日だな、と思う。「なんかこの日差し、ムカつくよね」「うん、ムカつくね。こういう日は部屋で寝っ転がってるのが一番だよ。ビール飲みながらね」青空の下、太陽の光を逃れるためにぼくらはガード下を歩く。光の届かない場所を目指して。地下へ。ずっと、地下へ。ベロンベロンになったぼくらは痛む頭を抱え、改札口で手を振った。


ホームで電車を待つビール魔人の頭髪に朝の光があたる。彼はまがまがしいものを払いのけるように頭に手をやると、そのまま手の平をこちらに向け、二度三度、横にふり、ゆっくりと闇に溶けていく。その瞬間、早朝の新宿駅には確かな静寂が訪れ、直後に。人々は耳を澄ますだろう。プルトップをあける乾いた音。泡のオーケストラ。そして遠ざかる、魔人の足音。