はてなダイアリー平民新聞

創業2002年か2003年、平民金子の元祖はてなダイアリー日記です。

平民さんテレビ第五回「好きになった!ヒサミチさん登場編」

おはようございます。平民金子と申します。今日は、やっている自分でさえもがせいぜい三回くらいで飽きるだろう…と思っていた平民さんテレビがナント五回も続いた記念として、ゲストに『「好きになった」メモ』というブログをやっているヒサミチさんに登場して頂きました。

「好きになった」メモ
http://hisamichi58.blogspot.com/
「好きになった」ヒサミチのブックマーク
http://b.hatena.ne.jp/hisamichi/

酔っ払うと人の話を全く聞かずにただひたすら目の前にいる人間の悪口しか言わなくなる私と、そんな私に対して時に苛立ち、あきらめ、苦笑いしながらも根気強く滑舌良く自説を展開してくれるヒサミチさん、というなんかオッサン二人の奇妙な構図です。この映像をあらためて見ながら「よく俺あのとき殴られなかったなあ」と思いました。



ところで今回ヒサミチさんにお会いしたのは彼の肖像写真を撮るためで、去年からたのまれていたんですが、先日線路脇に咲いたバラの花を眺めていた時になんとなく気が向いたので、そのまま連絡をとって会いに行きました。


ぼくとヒサミチさんには共通の話題なんてものはたいしてないし、趣味嗜好や考え方なんかもぜんぜん違うわけだけど、それでもぼくは彼のことをわりと尊敬していて、たぶんそれはヒサミチさんという人はもういい年したオッサンなのにいつでも何事かに対して真剣に怒っているからだと思う。


一人で孤独にプンプン怒っているオッサンを飲み屋のテーブルを挟んで50センチくらい離れた場所からぼんやりと眺めていると、ファインダー越しにみえる彼の姿は時折とてもさみしそうにうつる。そのさみしさというのは浅川マキが歌うところの、名前のないさみしさだ。彼の怒りや「ルサンチマン」の何割かは、そんな名前のないさみしさややさしさから出てきたものなんだろうな。そんなことをぼくは写真を撮りながら考えていた。でもまあ、ぼくがそんなことを言っても「ナマイキな事を言うな!バカヤロウ!」なんてこの人は言うんだろうけれど。



お互いにたいがい泥酔してきた頃「じゃあ」ということで、カメラを固定し、ヒサミチさん一人にしゃべってもらった。いっさいの打ち合わせもせずにカメラを回すと、酔っ払った彼は陽気にふるまうわけでもなく、自分が高校を辞めたときのこと、バイトを辞めたときのこと、そんな十代の思い出話を訥々としゃべり出した。映像が半ばをすぎるあたりで少しだけぼくの姿がうつるんだけど、それは棚の上に置いていたカメラを取りにいくためだ。繰り出される言葉と言葉の間にある沈黙、逡巡、いっしゅんの間のようなものをぼくは記録しておきたいと思った。



すべての酔っ払いたちに、今日も乾杯したい。

汽笛が聞こえ、ぼくは海岸沿いの町で目をさました。ぼくの心臓の谷間を、ずっとレールにそって、もうひとりのぼくが歩いていた。ぼくは、そこが好きだった。(友部正人)