みなさんこんにちは。平民新聞スタッフの近藤淳也です。先日この日記でもおなじみの平民金子さんが小さな生命を助けられたと聞き、さっそくインタビューを申し込みました!以下、他紙に先駆けて全文をアップします。
ぜったいに助からないと思いましたよ
私(近藤)「まず、きっかけからお話し下さい」
平民さん(以下、平民)「まずぼくがね、コーヒーを飲んでたんです。そしたらいつものようにお腹がゆるくなって、ウンコしに行ったんですよ。で、帰ってきたら飲んでたコーヒーに浮かんどるわけですわ。深さは…5センチはありますねえ。コーヒーのメーカーですか?ぼくはずっと西友のスペシャルブレンド。100グラムで298円のやつ飲んでます。あれにね、低脂肪乳入れて。なんで牛乳ではなく低脂肪乳かというと、今ダイエットしてるんです。もう夏ですから。それでまあ便所から帰ってきたらコーヒーの上にもう、ピクリともせずに浮かんどるもんやから、あ、こりゃもうホトケさんにならはったなあ、と思たんですけども。でもま、念のために人差し指のハラでね、ゆっくりとすくってやって。」


(今回の現場となったコーヒー。平民さんはこのコップに山盛り入れて飲むのが好きだという)
私「で、そこから奇跡が起こるわけですね」
平民「まあ奇跡っていうか、そんなたいしたもんじゃありません。そのまま畳の上に置いてやってね、まあこの時点でもう、ジットリ濡れてるだけで全然動きませんねんけど、まあいくらホトケさんでもこのままじゃかわいそうやろうと思って、ぼくも寝っ転がってね、フーフー息をかけてやったんです。体乾かしてやろうと思って。そしたらそのときですがな!」
私「はい、そのとき!」
平民「足がね、ピピッと動きましたんや!」
私「それはすごい!!!!!!」
一番びっくりしたのはぼく自身かな…
私「平民さんは映画監督としてこれまで九本の印象深い作品を残しておられます。今回も現場の様子を記録されたとか?」
平民「まあ、これは職業病みたいなもんですかね…。とりあえずフーフー息をふきかけてたら、体も乾いてきたのか、だんだん動くようになってきまして」
私「めでたいことです」
平民「それでね、もうあとは、お前自身の問題やと。あとはお前が自分の力で飛ぶだけや、とね。《こわいものなんて何もない。その敷居を越えたらすべてが良くなる》これはカフカっていう作家の言葉なんやけど、ぼくはもう彼にしてやれる事は全部やりましたから。あとは敷居を越えるのはお前自身の問題やでっていう風に考えまして。蚊だけにカフカなんです」
後世に残すために…
私「蚊ではなくコバエでは?」
平民「まあそれはどっちでもいいんですよ。蚊だけにカフカ。ぼくはこの言葉を言いたかったんです。それに対して『コバエでは?』と投げ返すのは、ルール違反です」
私「申し訳ありません」
平民「まあそれでですね、ぼくはもう、彼の頑張ってる姿をぜったいに後世に残さなければいけないと考えまして。そこからカメラを回しました。今回の作品は上下巻になります。」
平民金子第十回監督作品「コバエ、ボンバイエ」上&下
コバエの成長
私「拝見させて頂きました。あの、見た直後で、なんといいますか、私…すぐにこう、感想が出てこなくて…あの、私、いまものすごく興奮しています。これはもう大変な瞬間に立ち会ってしまったというか。不器用な言い方で申し訳ありません。素晴らしい作品でした」
平民「うれしいです。ありがとさん」
私「下巻に関して質問なのですが、冒頭から綿棒が重要な小道具として登場しますね?」
平民「はい。あれはね。やっぱりなかなか上手く飛べんわけです。まだ体が乾ききってないんでしょうね。だからね、綿棒でツンツン…とこう、やさしくやさしくつつくことによって、羽についたコーヒーをすいとってやろうと思って」
私「なるほど。そして一分すぎたあたりでしょうか。コバエが畳の上の陰毛に引っかかる……かと思いきや、それを軽やかに乗り越えるシーンがあります。あれはコバエがまさにカフカの言う『敷居』をまたぎ乗り越えた瞬間として、見ている私も涙が止まりませんでした」
平民「そうですそうです。よく見てらっしゃいますね。確かに彼が変わったのはあそこからです。陰毛のね、大河を乗り越える。《外輪蒸気船が遡る ミシシッピイのように 冒険の魅力にみちた その川すぢ》と詩人の金子光晴があらわしたところの陰毛ですね。そこを彼は自力で乗り越えた。これはやはりロマンであり、アクションであり、すなわち映画ですよ」
コバエとの別れ
私「最後に質問です。ラストの場面、主人公が進む今後の方向性というものを明示せずに、余韻を残したまま映画は終わりますが、結局あのコバエはどうなったんでしょうか?」
平民「この前からね、ぼくはずっと大鍋でカレー作ってたんですけど、今日やっとぜんぶ食べ終わったんですよ。それでね、本当の話、この映画は三部作の予定でした。で、二本目を撮りおわった時にさすがにぼくもちょっと疲れまして。それでまあ気分転換にと思って洗い物をしたんです。カレーの大鍋洗うのは時間かかりますからね。それでせっせと洗い物やって、さあ三本目撮るぞ、と思って現場に帰ってきたらね、なんか様子がおかしいんです」
私「と、いいますと…?」
平民「畳の上、どこ探してもおらんのですわ。」
私「え…!結局主人公は見つからなかったんですか?」
平民「いえいえ、すぐに見つけました。あのアホね、またコーヒーの上に浮かんどったんですわ」
私「…………」
平民「でもね、ぼく思うんです。ロックは死んでもコバエは死なない」
コバエ・イズ…
「いつだってね、コバエはぼくらの心の中にいるんですよ。コバエイズ・ネバーダイ。さらば!」そう言い残して平民金子さんは、私一人を残し、この部屋から立ち去った。コバエ・イズ・ネバー・ダイ。孤独な四畳半で私は何度もこの言葉を反芻する。一人のロックンローラーがこの世からいなくなり、その葬儀が行われた翌日、ひっそりと東京の片隅の四畳半で、小さな生命が息を引き取った。コバエ・イズ・ネバー・ダイ。コバエ・イズ・ネバー・ダイ。私は何度も何度もその言葉を反芻する。
エピローグ
「おい、平民さん、ここかい?チンケなアパートだな!」窓の外からカン高い男の声が聞こえる。ドカドカうるさく階段をのぼる音。ドアがノックされる。「帰ってきたで。坂の途中で変なおっさん拾ってしもたわ」そう言って戻ってきた平民金子さんのおでこには小さなほくろがあり、よく見るとそれは死んだはずのあのコバエである。「誰も死んじゃいない」「俺は死んでなんかいないぞ!」平民さんのあとから入ってきてそう繰り返すこの男の名前を私は確かに、私は確かに、ずっと昔からよく知っていたのだ。男のはにかんだ微笑みは窓から射し込む初夏の日差しにとてもよく溶け合って、私は冷蔵庫からビールを三本取り出し、一本は平民さんに、そしてもう一本は、影のないその男に差し出して、そしてにぎやかに乾杯する。
乾杯!取り残されたこのぼくに
乾杯!忘れてしまうしかないその日の終わりに
乾杯!身元引受け人のないぼくの悲しみに
乾杯!今度会った時にはもっと、狂暴でありますように
(友部正人/乾杯)

