はてなダイアリー平民新聞

創業2002年か2003年、平民金子の元祖はてなダイアリー日記です。

銃声

うれしい、とかかなしい、とかとは全然ちがった感情、感情というよりは感情の不在、そう言ったほうがしっくりくるような、なんというかものすごくフラットな気分のままに、ふと自分の涙腺だけが行き場なくゆるんでしまう、わけもわからずに突然涙腺がゆるんでしまう、そんな機会がここ数年、とても多くなったな、と思う。ようするに、ぼくはまたひとつおっさんになった。31日、好天。外に出てみるとアパート周辺の更地に陽がさしていて、人通りのない商店街、踏み切りの音、野良猫がトボトボ歩き、日陰の場所から日なたへと、歩くその背中を、うすく太陽の光がてらしている。煙草を買いに行く道の途中で、そういった光景をただ眺めているだけでぼくは涙腺がゆるんでしまって、ああ今日は、大晦日なんだな、と思った。用事をすまして部屋に帰り、ぼんやり酒を飲んで、もうここ何年かそうしてるように、夜になったら高田渡の音楽をかける。さらに酒を飲む。陽気な高田渡の声。アパートは、とても静か。そしていつのまにか時計は0時をまわっていて、1月1日、ぼくは誰に言うわけでもなく、あけましておめでとう、んで渡チャン、誕生日おめでとう、と思う。夜中、知らぬ間に意識を失って、朝早くにスズメの鳴き声で目がさめる。2008年から干したままになっている洗濯物、シャツやパンツに朝の光がさしている。いつものように布団から出て、煙草を買いに行く。更地に住む猫にシャッターを切る。踏み切りの音。商店街。まったく、何もかわらない毎日だ、と思うとまた涙腺がゆるむ。それはうれしいわけでもなく、かなしいわけでもない。生きているとか死んでいるとかそんなのとはまったく関係なくって、ただ「文句のつけようがなく、毎日がドアであり、それはありもしないもの」そんな友部正人の言葉を思い出し、ぼくは踏み切りの前に立って、通りすぎる路面電車を眺めていた。朝の日差しはやわらかく、ぼくは煙草に火をつけ、そして更地で寝そべる猫に向けて、人差し指を突き出し、ピストルを撃つマネをする。バーン、と声に出してみる。いつまでも響きわたる、架空の銃声。街はとても静かだ。


今年も汗くさくて、おっさんくさい日記を書くつもり。
あけましておめでとう!