はてなダイアリー平民新聞

創業2002年か2003年、平民金子の元祖はてなダイアリー日記です。

見上げる空

先日、露天風呂に行き、ぼんやり空をながめながら、子供のころの自分は雲の上には町があってそこには異人さんが住んでいる、というふうに考えていて、空を見上げるたびにワクワクしてたまらなかったのだけど、はたしてそのイメージはどこから来たのか、なぜそういう風にぼくは雲の上の世界を想像していたのだろうか、ということを考えていた。天空の城ラピュタに影響されてたのかなあ…なんてまず思ったのだけど、ラピュタはぼくが子供のころまだ公開されていないので、たぶん何かの童話とか、そいういうのを見て勝手に想像をふくらませていたのだろう。とにかくま、空の上には新しい世界があると考えていた。


被爆地の空に文字をかいたり黒花火を打ち上げたりという表現は、結局のところ「広島=原爆」みたいな強固なイメージに寄り添ってしか、六十数年前に形作られた強固なイメージにやさしく腕枕された上でしか成り立たない手法なので、それをどうとらえようが、どのような議論がなされようが、本質的に軟弱だなあと思う。むかし、山端庸介が撮った被爆地の写真を見て、「戦争」や「アメリカ」や「原子爆弾」という大文字の言葉をぬきにして例えば八月九日の長崎を語る事が果たして可能であるのかどうか、自分はそれを確かめに行きたいのだ、とこの日記に書いたことがあるけど、やっぱり今回も思ったのは、あかりを灯さなければならないのは広島の空ではなくぼくらの脳味噌のほうなのだ。


ぼくらはもっと深く深く沈潜しなければならない。それは小便くさいパフォーマンス、そこで謳われた鎮魂や平和への祈りなんていう字面だけの世界、そんなものからは程遠い、地味な営為の繰り返しによって。と、ここまで考えたところでぼくはすっかり湯にのぼせクラクラする頭であたりを見渡せばそこにはたくさんの死者がいて、ある者は「今日は洗濯物がよく乾く日だ」と言い、ある者は「酒を出せ」と言い、ある者は、このまま死んでいるのも退屈だ、と言う。生きているのもあんがい退屈なものですよ、とうそぶき、ぼくは水風呂に頭までつかり、チンコ洗って風呂を出た。帰り道、自転車をこぎながら、あかりをともせ俺の頭に、とつぶやいてみる。見上げる空はもっと豊かなイメージに満ちているはずだ。