北海道の漁港で働いていた時に、仕事を終えたひまそうな漁師がぼくのそばに来て、なあ兄ちゃん、たとえばあんたがここで夜中に酔いつぶれてぶっ倒れてしまって、昼過ぎに運良く目覚めたとするね。そうするとあんたの体から、どの部分が欠けてると思う?と、一瞬ではどうにも意味のわからない質問をされ「へ?」と間抜けな返事をしたのだが、漁師は顔面をくしゃくしゃにし、笑いながら、へっへっへ、目だよ目、眼球。起きたらあんたの両眼はカラスにえぐられてる。あいつらは賢いからね。体のどこが一番柔らかいか知ってるから、寝ているあんたはまず、目をえぐられるわけだ。へっへっへ。それを聞きながら、さすがに死体にでもならない限り、いくら泥酔しているとはいえ眼球をえぐられれば嫌でも目覚めるとは思うし、カラスが本当に賢いのならば死体と眠っている人間の区別くらいつけてくれそうな気もするのだけれど、なかなか興味深い話だな、と思ってぼくは漁師の赤ら顔を眺めていた。確かに浜にあげられた鮭の群れ、その上空にはたくさんのカラスが飛んでいて、彼らは人の目を盗んでは地上に降りて来、他の部位には目もくれず、一直線に眼球だけを目指すやそれを器用にえぐりとり、そのまま上空へと去って行く。見ていてあまりにも無駄のない動作に惚れ惚れしてしまいそうになるほどだ。浜での仕事をすませ、フォークリフトの鍵を抜き、ぼくは缶コーヒーを買ってトラックに乗り込んだ。4トン車には計7トンの鮭が積み込まれ、ブレーキが満足にきかない。ぼくはしばらくの間、運転席の窓をあけ、煙草に火をつけて、外の景色を眺めていた。頭上からはカラスの鳴き声が絶え間なく響き、浜に残された数匹の鮭は、目玉部分の空洞を残し陽に照らされている。漁師はさきほどの場所から動かないまま、赤ら顔で柱にもたれ、眠っている。


