冬の空というのはなんともどんよりと景気の悪い感じがして、わりと好きだ。青い空、白い雲みたいなやつもいーんだけど、なんかこの時期、三時半くらいからもう、ちょっとづつ薄ぼんやりとしてきて、四時を過ぎるとはっきりと暗くなって来、五時すぎたらあれ?もう晩?みたいな感じの。あれが好き。自分の、景気の悪い感情を空が丸ごと背負ってくれてるような感じがする…、とここまで書くと言い過ぎだけど。そいや何年か前、写真をやってる友人からTRAVISというバンドの、アルバムライナーに写ってるグラスゴーの空の写真がいいんだよな、という話を聞かせてもらった。彼らが育ったグラスゴーていう町はいつもあんなどんよりした空なんだよ、ほんと元気がない感じの。ていう。
でもまー自分は、空見てるようで、結局自らの心象風景しか見てないのかもしれないけど。とかなんとか、わかったような、わからないような事を言うのは、トマス・ハリス「レッド・ドラゴン」の冒頭【人は観るものしか見えないし、観えるのはすでに心の中にあるものばかりである。】て文章がわりかし印象に残ってるからであって、この言葉、むかし年上の友人から教えてもらったのだ。彼は、俺はカメラ持ってあちこち旅したけど結局この感覚に辿りついたんだ、とかそんな事を幾分淋しそうに言っていて、ぼくはまあ、世の中も心象風景もそんな簡単なモンじゃねーだろ、みたいな事をつぶやいた気がするけど、そんなわかったふうな事ばっか言ってっからアンタはおっさんなんだよ、なんて、親しみ込めて稚拙な反論をしつつも、その時にその人の言いたかった事ってのは、当時の自分にも、なんとなくわかるような気がした。
でも確かに、空がいーとか悪いとか、まさになんつうか、空そのものには関係なく、まさに心象風景だよな、ホント。とか思ったりもし。そーゆーのを勝手に目の前の空見て重ねてるだけで、空なんて、空でしかない。前の話の続きでいうと、足の裏が足の裏でしかないように。空は空でただの空だ。とかまあ、いちおう言ってはみるけれど、実際のところ自分はそれほど物分りのいい人間でもないので、やっぱりここは懲りずに、当時の友人の姿を思いうかべ、なあおっさん、今日の空もすごくいい感じだったよ、それはまるで自分の、景気の悪い感情を丸ごと背負ってくれてるような、そんな感じの空だったよ、とか繰り返し言ってみる。で、これはたぶん四時前くらいか四時すぎくらい。ぼやーっと歩いてて、夕焼けが出るちょっと前の時間、ほんの数分なんだけど、不思議な色になってた。出来上がった写真はさらに不思議な色になってて、ほとんどセピアみたいだけど、これは普通に撮ったらこんなになってて、何の加工もしていない。おそらくカメラのホワイトバランスが狂ったとかそんなのもあると思う。
