わりと毎日頻繁に更新されているブログのいささか突然に見える更新終了宣言を読みながら、草野心平のおそらくは最も有名な詩「秋の夜の会話」の事を思いだしたのは、ぼくもまた、ブログの終わりに対し、ああ、このせつなさはどっからくるんだろうね、なんて事を考えていたからだろうと思う。
痩せたね。
君もずゐぶん痩せたね。
どこがこんなに切ないんだらうね。
腹だらうかね。
腹とつたら死ぬだらうね。
ブログというのは、かなしいきもちを抱いた時に、自分たちのかわりに何度も死んでくれる玩具のようなもの。ぼくたちは仕事を失ったり、恋人を失ったり、まあ色々その他、何かを失ってしまった時に、すぐにこの世から、消えてしまいたくなったりもする程に脆い生き物であるのだけれど、結局のところ最後には生きていくことを選択し(それは今この文章を書いてるってことはぼくが生きてるっていうことであり、今この文章を読んでるってことはあなたが生きてるっていうことなんだ、てくらいの意味なんだけど)、ぼくたちが、さあ、明日からがんばってまた生きていくどー、ていう選択をしたしゅんかんに、時として、ブログはやさしく死んでいったりもする。
まあいつものようにまとまりがなく、今回もいまいちわけのわからない文章になってしまっているとは思うんだけど、最近そういうまとまりのなさや中途半端な感じも全く気にせずにダラダラと更新しようと心がけているので、この文章を書いている最中にも、そんで自分は結局何が言いたいのかなあ?なんて囁き声が、天井からきこえてきたりもするんだけれど、言いたかったのは、せつないね、ああせつないね、このせつなさはどっから来るんだろうね、あの人は今日も元気でやっているだろうか、外はとてもいい天気、ぼくは今日もここにいる。ひまな時には遊びにおいで。てことくらいです。あと、最後にぼくだけが知ってる秘密を皆さんに教えてあげます。ブログってのはね、何度でも生き返る丈夫なやつなんだよ。さよならだけが人生だ。でもブログにさよならなんてないのです。ブログにおける挨拶はただひとつ。こんにちは!こんにちは!こんにちは!さて、散歩にでも行くか。ていう、秋の一日の、はじまり。