その手紙は、こんなふうにはじまっている。
親愛なる我が友よ、今日はきみの朗読会が行われる素晴らしい日だ。きっと晴れるだろう。もちろん天気の話ではない。とにかくよく晴れる。いつか焼肉をご馳走しよう。
それに対し、平民さんはこう答えた。
Aは明日は詩を書くのA
Iはいつもニコニコ詩を書くのI
Uは上の空で詩を書くのU
Eはきみの名前
Oは終わらない夏のO
いつか見た景色のことを、ぼくは思い出している。あの頃ぼくたちは、いつも同じ場所にいた。中央線三鷹駅で、大雪が降った日のことをおぼえてるかい?ぼくは忘れてしまったけれど。悲しいことから少しづつ忘れていくんだ。あの頃きみからもらった手紙を、ぼくは今でも大事にしまってるんだ。ぼくらは二人でたくさんの歌を作った。その歌は、こんなふうに始まる。
あなたはぼくが11歳の頃の
母親と同じ姿をしているので
俺はムリだとソーセージ
トマトケチャップ
ハンバーグ
高岡の町に来たならば
金子光晴の本を読まなくちゃ
灯りのまぶしいホテルの部屋で
俺はホタルで
墜落死
目覚めたあなたはポロ、ポロ、ポロ、と
涙を流し
ぼくはそいつを瓶につめ
春はまだかと
ソーセージ
あなたのひびわれた目と
吸い込まれそうなわたしの青空
公園のハトや、ゴミ捨て場の猫が、ぼくたちを祝福している。
きみによって、ぼくは自分がいかにして死んだかを知った。ぼくは、いまふたたび死にかかっている自己を見ている。ぼくは死にかかっている。それには、ある意味がある。単に死んだというだけのことではない。おそらくそれが、なぜぼくがきみに会うのをひどく恐れているかという理由になるだろう。おそらくきみは、たんにぼくに悪戯しただけなのだろう。だから死んだのだ。このごろは物事の起るのがおそろしく早いからね(北回帰線)
ヘンリーミラーは相変わらず、うさんくさいやつだね。いまも彼は、ぼくのポケットの中にいる。いつか焼肉を食べに行こう。その時は三人で、楽しい話をするんだ。たとえば、野球の話。たとえば、きみが生まれた街の話。たとえば、ぼくがいかにきみの事を知らないかについて。そしてまた、野球の話。
ぼくらには、たくさんの時間がある。生きていることも、いつか死んでしまうかもしれない、そんなことも、ぜんぶふくめて。ぼくらには、時間があるんだ。
佐藤くんに