はてなダイアリー平民新聞

創業2002年か2003年、平民金子の元祖はてなダイアリー日記です。

タマゴ焼き

朝、目が覚めたら枕元というか枕から少し離れた場所にタマゴ焼きが置かれてあったので若干驚いた。ビニール袋には殻が三つ捨てられていた。


二つの可能性がある。ひとつは、昨晩泥酔しながら、何かツマミでも作ろうと思って焼いたものの、出来上がって、食べるまでの間に寝てしまった。もうひとつは、酔ってる間に誰かと結婚し、初夜をむかえたものの、酒のためチンコはたたず朝になり、眠っているおれを横目に仕事に出かける妻が、かなしい顔で作り置いていった。もちろん、おれにとっては後者であることが望ましい。


それはそうと、若干というのは数量をあらわす言葉ではなかろうか?この若干なる言葉を感情をあらわす驚いたの前にくっつけるのは正しい使い道なのだろうか?……と、考え出すと眠たかった脳みそが覚醒してきたので広辞苑を開いた。若干【1:それほど多くはない、不定の数量。いくらか。そこばく。「若干の目減り」「採用若干名」】【2:多少。いささか。「若干優れている」】とある。


生まれついての飽き性なものでその話題に関してはさっそくどうでもよくなり、散歩散読ついでに同じページをプラプラと読んでいると、『蛇之助』(じゃのすけ)という見知らぬ単語があった。意味は、蛇之助【(蛇は物を丸飲みするからとも、また素戔嗚尊の故事からともいう)大酒飲みの称。彼岸花「蛇之助こそ執心残つて花に酒」】とある。覚えていても仕方のない知識であるに違いない。

敗れざる者歳月に火を焚けり(角川春樹)

素戔嗚尊(すさのおのみこと)といえば「おれの魂は武神スサノオである」で有名な角川春樹の自伝「わが闘争」がブックオフで100円売りされていたので救出、最近読んでいるのであるが、やはりこの人がただものではない大人物であるということは、各章の小見出しを拾っていくだけでも察せられる。


■おれの前に敵はいない
■はじめてのUFO体験
■ハワイで宇宙人と交信した
■おれは歩く神社である
■この星に遊びに来た


さて、角川春樹といえば静岡刑務所であり、静岡刑務所といえば戸塚宏であって、この春満期出所した戸塚校長が出したその名も「静岡刑務所の三悪人」という本が非常におもしろい。非常におもしろいといっても別に買って読みきったわけではなく、きのうジュンク堂で立ち読みしてただけのたいしたあれでもないんだけど。

静岡刑務所の三悪人

静岡刑務所の三悪人

角川春樹が刑務所から出たあとにコンビニに寄り、弁当を買って食ったところ、そのあまりの美味しさに感激し涙した、という逸話がある。要するに、普段からグルメであり高級であり美味しいものしか食べていないあの舌の肥えた角川春樹のような大人物でも、安物のコンビニ弁当を食って満足し感動してしまう程に、刑務所の飯というものはマズかった、という話。


さて、情報とお好み焼きはソースが決め手のブルドッグであり、ソースとは即ち信用であり、ウスターとトンカツの二種類がある事は、今更言うまでもないが、この角川師コンビニ弁当の話をいったいおれはどこで読んだのだろう、と考えること小一時間、やっと思い出したのだが、このエピソードが書かれていたのは上にあげたばかりの戸塚校長の本であった。


昨日仕入れたばかりのコンパで使える新鮮モテ知識の出所さえ瞬時に思い出せないおれなど、やはり起きていても仕方のない人間であるので、さっさと寝た方がいいと思うのだが、あいにく目が覚めてしまって眠れず、仕方がないから、目の前に置かれたタマゴ焼きを割り箸でツツいている。


ツツきながらおれは、昨晩結婚したばかりの妻の名前を思い出そうとしている。


さて、食うか。いただきマン。