■冷房を使わずに、部屋を涼しくする方法なんてものはない。ただひたすらに我慢するのみである。そして我慢が臨界点に達した時、気付くわけである。あきらめが肝心。或いは、部屋よりも熱くなれ。燃えろ骨になれ地獄の季節。
あきらめなされよ あきらめなされ
あきらめなさるが 無事であろう
(あきらめ節/添田唖蝉坊 )
■夏バテに効くからという事でレバーのかたまりばかり食っていたら胃の調子が悪い。食生活はバランスが肝。
■ザ大衆食つまみぐい(2006/07/14)で投げかけられていたテーマ【自炊と外食、いったいどっちがカネがかかるんだ】。これに関しては言うまでもなく、自炊する方が圧倒的に安上がりである。複数人で生活している場合だけでなく、一人暮らしの場合でもそうである。まあ当然、何を食うか、それをどこで買うかにもよるわけだが。
■俺は今の部屋に越して来た時、どうやって金を使わずに生活するか、そればかり考えていた。食事に関しては三つのパターンがある。すなわち『外食』『自炊(冷蔵庫なし)』『自炊(冷蔵庫あり)』。いずれも試した結果、冷蔵庫ありの自炊が一番安くつく。
■さて、冷蔵庫といえば二年前の自分の日記にこんな記述があった(id:heimin:20040423)。
何年か前に下北沢の古本屋で利重剛のエッセイを立ち読みしていた。タイトル失念したけれどその中で印象に残ったのは割り箸にマヨネーズをつけてしゃぶるとイカの味がして美味い、とゆう話と、一人暮らしと冷蔵庫に関する話だった。部屋に冷蔵庫を置く。それ自体はつまらない事だけれど、冷蔵庫とゆうやつはどうにも「生活」臭がして、自分は冷蔵庫のない部屋が心地よい。仮の宿のような、「どこにでもいける」ような、そんな身軽な空間。冷蔵庫とゆうのはその空間に「生活」とゆう一つの楔を打ち込むアイテムのような気がする。確かそんな感じの話だった気がするけど、とりあえずその時はひまつぶしにパラパラ読んでただけなので、実際はまったく違った内容のエッセイだったのかもしれない。
町中に部屋を借りるなら、寝るだけの場所があってあとはガランとして何も おかないのがいい。そう思っている。 独身者のくせに、テレビにステレオ、電気冷蔵庫に洗濯機、オーブンつきキッ チンと、何やかやごたごたワンルームとやらに満艦飾につめ込んでいる人がい るけれど、気が知れない。ああいうのは、農村生活者の感覚じゃなかろうか。 農家や郊外生活者なら、食品の保存加工のために冷蔵庫や電子オーブンもあ れば便利ということがある。けれど町中にいて、どうして南極基地みたいにあ んな大げさな設備を備えつけるのだろう。町中に住んで必要なのは町の共同性 についての情報である。どこに行けば何があるかを知っていれば設備なんぞは 全部他人持ちで済む。(東京の神武たちへ/種村季弘)
種村季弘のエッセイについては全く記憶にないのでおそらく当時図書館で偶然見つけたものを書き写していたのだろう。まあいずれにしてもロマンである。しかしながら部屋に冷蔵庫を置くか置かないかとゆうのは、ここで種村氏が言うところのロマンからは遥か遠く離れた、経済の問題なのだ。
■冷蔵庫はデカイ方がいい。おれははじめ独身者用ワンドア冷蔵庫を使っていたが、あれは役に立たない(おれにとっては、という意味)。後に2ドアのわりと大きめのやつを買った。諸君、書物を捨てたまえ。レコードを捨てたまえ。無駄な装飾を捨てたまえ。そしてあいたスペースに冷蔵庫を置けばよい。
■しかし自炊などというのもまた、所詮は余裕の産物ではある。本当に過酷な労働に従事している者は、いちいち自分でメシなど作ってはおれまい。まさに大衆食堂で、ガツガツと食らうのである。テレビ番組に出て貧乏自慢などをしている輩は所詮裕福なのであり、ロハスであり、ホワイトバンドである。ホワイトバンドとは何か。ファッションである。
■テレビ番組とゆうと銭形キンタローであるが、おれは友人の紹介で過去に二度、この番組から出演依頼メールが来た。いずれも無視したのであるが、一度は本気で出演を考えた事がある。何故ならば金が欲しかったからだ。
