はてなダイアリー平民新聞

創業2002年か2003年、平民金子の元祖はてなダイアリー日記です。

シケモクバトン

昨日(じゃないけど)、吾妻ひでおの「失踪日記」を読んでいると書いた。
まあ一日で読みきってしまったのであるが、これは久々に芯からおもしろいと思った漫画だ。
ではこれから、その内容について簡単に批評しておくとことにする。


あほか。
そんなことせえへんわ。どあほ。

@@@
しょおもない事なんだけど、「失踪日記」のホームレス時代、吾妻ひでおは毎朝シケモクを拾いに出かける。ぼくはこおゆう場面がものすごく好きなんですが、読んでいて一つ思い出した事がある。ただ、この思い出した事とゆうのはぼくがけっこう好きな話(ネタ)なんで、たぶん以前にも書いてると思うのだけど、まあボケ老人の話でも聞いてると思って黙ってきいてくれ。


二十歳をすぎたころ関西に住んでいたぼくは、東京に住む友人に誘われて、彼の 部屋に何日か遊びに行った。着いてさっそく「どこに行きたい?」と聞かれたので、とりあえず上野公園と吉原と山谷を見てみたいと答えた。彼はさっそく電車に乗ってぼくを上野まで連れていってくれ、そこからはテクテク歩いてアメ横や浅草や吉原のソープ街や山谷の商店街なんかを、まあウロウロと連れまわしてくれたのだ。


そのころのぼくはけっこうなスモーカーで、上野駅に着いては煙草、公園に行っては煙草と、たえず煙ばかり吐いていた。そして煙草を吸いおわっては、いちいち携帯灰皿を出した。
吸い殻を路上に捨てる行為を、当然の事として、良しとしなかったのである。


そんなぼくを見て、友人があきれ顔で言った。
「金子君はこの街のマナーをまったくわかっていないねえ。そんな事したら街からシケモクがなくなってみんな困るだろ?」


若かったぼくにとって友人のこの一言は、まったく目からうろことゆうやつだった。
それから友人はぼくに「この街」のマナー(シケモクルール)を教えてくれた。いわく、煙草は根元まで吸わず、普段より多めに残した状態で火を消す。いわく、火を消す際には足でもみ消したりせず、火のついてる部分だけを丁寧に消す(友人は火のついた部分を親指を支点に、中指でチョンとハジいて器用に消した)。いわく、消火後の吸い殻は、人通りの多い場所には置かず、道路の隅などにさりげなく置く。


「ほら、こうしたらキレイなシケモクが出来るだろ?おれらだっていつどうなるかわからないんだから、こうやって地道な活動で街にシケモクを残しておかないと、将来おれら自身が困ることになるかもしれないよ。困った時はお互いさま、って心の中でつぶやきながら、こうやって煙草を置いていくんだよ」


ぼくは、でもやっぱり、吸い殻とか捨てたらなんてゆうか、ポイ捨てってゆうか、ちょっとあれなんじゃないですかねえ?と友人に言った。友人は困った人を見るような目でぼくを見て、ゆっくりと言った。
「あのね、金子君。勘違いしないでほしいんだけど、これは捨ててるんじゃなくって【置いてる】んだよ。いうなればシケモクっていうのは俺らの未来にたくすバトンみたいなもんなんだ。こういう大人のルールをわかっておかないと、きみ、モテないよ」


そういいながら、友人は吸っていた煙草を指で消すと、さりげなく路上に置いた。
ぼくもまた、世の中ってそんなもんなんかなあ、なんて思いながら煙を吐き身を屈め、火のついた部分をアスファルトを使ってはじき、人差し指で先端を整えきれいにし、そっとバトンを置いた。