横田順彌『明治おもしろ博覧会』より

- 作者: 横田順彌
- 出版社/メーカー: 西日本新聞社
- 発売日: 1998/02
- メディア: 単行本
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ところでベースボールを「野球」と翻訳したのは、愛媛県出身の俳人で、第一高等中学校(一高を経て、現・東京大学教養学部)時代には選手としても活躍した正岡子規というのが一般に流布しており、現在でも野球関係書にそう書かれていることがある。しかし、これは子規が野球を題材にした短歌をいくつも読み、本名の升(のぼる)をもじって野球(のぼーる)という号を使用したところからきたまちがい。
では、ほんとうの「野球」の訳語者はだれかというと、明治三年、鹿児島の西千石町の漢学者・今藤新左衛門の次男に生まれ、四歳の時、中馬家の養子になった中馬庚(ちゅうまんかなえ)だ。
@@@中略@@@
中馬は鹿児島の三州義塾を卒業すると第一高等中学校に入学、ここでベースボール部に入った。中馬が正選手になったのは明治二十三年の秋、五番打者でセカンドを守った。その中馬が「野球」の語を生み出したのは、一高を卒業して帝国大学文科大学(現在・東大文学部)に入学した翌年、明治二十七年秋のこと。一高の『校友会雑誌』にベースボール部史の執筆を頼まれた中馬は快く引受けたが、その際、まだ訳語のないベースボールになにかふさわしいものはないかと考えた。
それ以前から、ピッチャー=投球者、キャッチャー=受球者、ホームベース=本基などという訳語は存在したが、かんじんのベースボールに適訳語がない。塁球、基球などという名を考えた者もあったが、普及しなかった。そこで中馬は、考えに考えた結果、野球という語を思いついた。
明治二十七年(一八九四)年の秋、ある晩のこと、青井(中馬の後輩)が寄宿舎の片隅で彼の得意のバット「千本素振り」をやっていると、中馬庚が息をはずませてやって来て「青井、よい訳を見つけたぞ。Ball in the field―野球はどうだ」
これは正に適訳! と他の選手たちも賛成で、ここにベースボールの訳語「野球」がきまった。青井の直話である。(君島一郎『日本野球創世記』昭和四十七年)
こうして、ベースボールが日本に渡来して二十余年、初めて野球という訳語が生まれた。しかし、その後も「野球」は、なかなか定着せず、新聞や雑誌が「野球」を使い出すのは、明治三十年代の半ばからのようだ。
金子光晴の伝記を読んでたら本荘幽蘭という女性の名前が出てきて、その人が気になったもので本荘幽蘭についてちょっと調べついでにこの本を図書館で借りてみましたら、こんな豆知識を仕入れてしまいました。いや、まったくどうでもいい話なんですけど、ぼくもベースボール=野球の訳者は正岡子規だと思ってましたよ。でもみんながみんな、正岡子規だと思ってるのかと思ってネットで検索してみたら、案外中馬庚という人の事は認知されてました。
「Google ベースボールを+野球と+訳」
「Google 中馬庚」
学生さんはこおゆうコネタを集めてコンパで披露したら女があほみたいに集まってきますよ。「中馬庚って知ってる?」「えー知らない、誰それ」「日本ではじめにベースボールを野球と訳した人」「スゴーイ!」とかそんな感じでね、きっともてるはず。うそ。