はてなダイアリー平民新聞

創業2002年か2003年、平民金子の元祖はてなダイアリー日記です。

帰還貞奴

人の世の路半ば、気がつけば俺は深い森に迷い込んでいた・・・と、言ったのは鬼薔薇の少年、ではなく、ダンテのおっさんであるが、まあ誰にでもそんな時期はあるものだ。今日も今日とておれはやさぐれて部屋で一人酒をのんでいた。ああ、もうこのままいっそのこと・・・、と、フラフラになりながら立ち上がったおれに語りかける声。「やあ、ひさしぶりね」と。・・・・・・おれはついにおまえの声の幻聴を聞くまでに落ちぶれてしまったのか、と思ったその時、畳の上を走りぬける影。ああ、本当におまえだったのか、おまえ、本当に帰ってきたんだなあ。長い旅に出ていた、おれの生涯の伴侶、カマキリの貞奴が帰ってきてくれたのだ。(id:heimin:20041205 id:heimin:20041207)



貞はなつかしそうにおれを見て言った。「あなた、少し太ったんじゃない?」
おまえが出ていってからというもの、ろくな事がなくてね。むしろ痩せてしまったくらいだよ。
貞はなつかしそうにおれの足を這う。「あたしはいろんなせかいをみてきたわ」
おれは貞の感触がうれしかった。どうしたんだい貞?おまえさん、すっかり濡れてしまっているじゃないか。おぼえてるかい?おまえはおれに岩田宏の詩を教えてくれただろ?こうやって部屋で二人いて、おまえは毎日、おれに詩をよんでくれたじゃないか。貞はひとしきりおれの足を愛撫し、下半身から上半身へ、そしておれの左手にまで登り、正面を向く。おれたちはしばらく見つめ合った。すっかり体を濡らした貞が言う。ねえ、




「タオル貸して!
水は詩のように
流れてなめらかで
拭くのがもったいないけれど!
この一年間
あなたは何をしてらした?
死は夢みたい
夢は水みたい
この世でもあの世でも
まじめはまじめ ぐうたらはぐうたら」(岩田宏/悼む唄)


おれは、ただ、おれの人生が泣きたくなった*1
そしておれたちは長い時間ずっと、お互いを見つめていたのだ。
(つづく)

*1:金子光晴/古靴店