朝方熟睡していると、しばらく音信のなかった洋子がやってきた。
洋子は電話もパソコンも持たない女なので、来訪はいつも突然で、結局のところそれは彼女のきまぐれでしかない。俺は部分的に非常に神経が細かいのであって、眠りを妨害されると特に不機嫌になってしまうのであるが、そおゆう事を彼女に何度伝えたところで、ソレモソウダヨネワカル、ワカルヨソノ気持チ、アハハ、とか言うばかりで、実際何かをわかっている様子など、彼女には全然ない。
「いったいどうしたのだねこんな時間に」と布団からなんとか這い出した俺が煙草に火をつけて問うと、昨日の晩、「坑夫」を読了したところなので、これからいっしょに漱石の墓参りをしよう、と、俺にとってはまったくどうでもよいとゆうか、意味のわからない、つまらない事を言い出す。
そおゆう風に内心ブツブツ思いながらも結局気の弱い俺はそそくさと服を着替えて、腹ガ減ッタ、とゆう洋子に朝食のサンドイッチまで買ってやり、雑司ヶ谷の漱石墓まで連れていったのであるが、墓の前で神妙に手を合わせ続ける洋子のうしろに立ちながら、俺はなんだか気恥ずかしくもなってきたのであって、煙草をくわえたまま洋子の尻を思いきり蹴っ飛ばしてみたら、案の定怒りだした。
俺はおまえが時折みせる素のままの表情があまり好きではないのだよ。笑っている洋子か怒っている洋子のどちらかにしてくれたまえ、人付き合いなんて所詮は営業みたいなものなのだから、フラットではいけないよ、どちらにベクトルが向こうが、とりあえずはある種のサービスがないとな。
なんて事を、羽仁五郎の墓の前で、洋子に髪の毛をつかまれたままの状態で俺は説いていたのであるが、洋子は物言わず、右に左に前に後に俺の頭を動かすのみであって、そのたびに俺はイタ、イタ、とか間抜けな声を出しながら、結局のところいつものように最終的には、ドウモスンマセンデシタ、とかなんとか、謝罪するはめになった。