はてなダイアリー平民新聞

創業2002年か2003年、平民金子の元祖はてなダイアリー日記です。

池袋モンパルナス

本日は最終日であるからしてもお一度ひまつぶしに牛腸どんでもみに行こうかと計画しておったのだが、やはり一匹の池袋原理主義者としてこれはみておかねばナラヌかなあ
と前々から思っておった、同じく最終日であるところの「池袋モンパルナス 小熊秀雄と画家たちの青春」、のぞきにいった。牛腸どんはあきらめ。

まあ池袋モンパルナスの感想はあとで書くとして、会場にたくさんの絵が飾られている、その合間合間に控えめなキャプションのごとく小熊秀雄の詩篇もまた添えられておって、俺はそれをせこせこと筆写しておった。

絶望よ、
お前は可愛い奴だ、お前をヒシと
抱き緊めるとき
私の心臓は手マリのやうに弾んでくる、*1
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
私の哲学は―、
犬に喰はれてしまつた、*2
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男の真実は八百屋に売つてゐる*3
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世界の思想と交媒せよ。*4
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私の楽器は
古い人達の楽器とは調子が合はない、*5
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ああぐでんぐでんに酔っぱらへ
私の言葉よ*6
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
私の歌は
灰色に立ちあがる歌だ。*7
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―匂ひはロマンチック、
―性質はプロレタリア、
それでよし、それでよし*8
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なんといふ素晴らしい
沈鬱な暗い夜明けだらう、
これでいいのだ*9
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私は詩の闘牛師
牛とたたかふ人気者であり
派手でありたい*10
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
半生は満足するほど敗けたから
残りの半生を満腹するほど勝ちたい*11
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なつかしい馬の糞茸よ
僕は都会にきて
心がなまくらになったよ
靴をみがくことと
コオヒイをのむことを覚えたきり
なんの取柄もない人間となった
馬小屋から馬をひきだすとき
奴は強い鼻息を
私の胸にふつかけたものだ
都会では私の胸のあたりに鼻息を
ふつかけにやつてくるものは
悪い女にきまつているよ
こ奴は私の胸にしがみついて
―あんた支那そばををごつて頂戴、だと
卑しい卑しい白粉臭い都会
私は田舎の土の匂ひがなつかしい*12


不真面目な頃の俺ならば仕事が終わったあとの酒のつまみはもっぱら西友の絹あげ豆腐と決まっておったのだが、俺は最近真面目になったので西友にも立ち寄らず酒のつまみとしては絹あげ豆腐のかわりに、老いぼれた頭蓋骨を皿としてその上にその時々の思索をちょこんとのせてつまんでおる。まあようするに金がないから酒のつまみを買えないだけなのであるけれど、そんな事はどうでもよく、そして、明日の月曜から俺は何を思索するのかとゆえば、同時代(1901〜1903あたり)に生まれた人間としての小熊秀雄、安井仲治、山之口獏についてであって、今展覧会をやってるとゆうついでもあって、そこに木村伊兵衛も加えてみる。


それでまた話かわって、池袋モンパルナスの帰り、中村橋の古本屋に行ったらば、そこには雑誌「太陽」の創刊号('63年7月)が500円で叩き売られていたのであり、内容はといえば三島由紀夫・谷川俊太郎・加藤芳郎・黛敏郎による「子のしつけ親のしつけ」座談会くらいしか俺としてはいまいち興味がないのであるけれど、しかしいくらなんでも500円はないだろうと、一時間くらい迷ったあげく購入してしまったそのついでに、1975年の別冊太陽「近代文学百人」なるものまで八百円で購入してしまって、なんのために充実の池袋モンパルナス図録2000円を泣く泣く我慢したのかわからぬのであるが、まあいいや、資料用に鉄子の部屋にでも置いておこう。


そしてわがアジトである池袋へ戻ったついでに往来座(古本屋)へ寄ってみたらば、店内には友部正人の「にんじん」がかかっており(この店でかかってる音楽はどうにも俺の琴線にふれるものばかりなのである)、結局アルバム一枚聴いてしまって、このまま手ぶらで帰るのも申しわけないような気がしたのであるからして、カゴ売りのアサヒカメラ6冊(400円)を、レジに持ってった。

*1:「お前可愛い絶望よ」

*2:「子供のやうに歌ふ」

*3:「偽態」

*4:「祖先の下山」

*5:「私の楽器の調子は」

*6:「口が裂けてしまつた」

*7:「蹄鉄屋の歌」

*8:「茫漠たるもの」

*9:「暁の牝鶏」

*10:「闘牛師」

*11:「私の楽器の調子は」

*12:「馬の糞茸」