27日夜勤の仕事が終わった早朝、台風が近づいてるのでそのまま千葉へ波乗りに。一宮海岸はひどく荒れ狂っていたので命の危険を感じ逃げ、ほどよく荒れていた太東の海岸へ。しかし悲しいかな波がでかくて俺は沖へ出る事すらなかなか出来ず何度ものみこまれ回転し海水をたらふく飲みあげく前からやってきたサーファーに顔面から激突されあちらこちらに青タンを作る結果となった。しかし素人が生意気な事言うなと波乗師匠に殴られはしたが俺ややっぱり静かな海よりも荒れた海の方が好きだ。そして夕方全身くたくたになって七割がたドザエモンと化した俺と波乗師匠はそのまま仮眠もとれずに車に乗りトキオへ途中ラーメン屋で半チャンセットとビールを食らってまたまた夜勤の仕事場へ向かったが、すでに仕事が出来る体力は残っていず、俺は立ちながら眠り、上司に殴られる。
30日朝。部屋で酒をのみながらひまつぶしに勝谷誠彦の日記を読んでいて俺はそこではじめて中島らもの死を知った。かっこよく死ぬよりもかっこ悪く生き続ける方がかっこいいのだということを俺は知っている。中島らもも結局はかっこ悪くその死にざまはロックではないと思うゆえに俺はその死を否定する。最近はカメラ師匠からすすめられた事もあって藤原新也の本を読んでいた。「メメント・モリ」にこんな一節があった。インドの河原にうちすてられた人骨の写真のキャプションとして「あの人骨を見たとき、病院では死にたくないと思った。なぜなら、死は病ではないのですから。」と。しゃらくさいのだよ藤原君。俺は藤原新也その人は正直なところ好きか嫌いかでいえば好きなのだが、そおゆう文章で表現される、もとい、そおゆう文章によって感化される幼い魂達がのたまう所のロマンチックな死の概念とゆうものは全否定する。ジミ・ヘンドリックスやジャニス・ジョプリンよりも、今現在も生き続け年を追うごとにかっこ悪くなってゆくボブ・ディランが大好きだ。畳の上では死にたくない、といったロマンチックな幻想よりも病院でチューブまみれになって死んでいくその現実こそ俺はロックン・ロールだと思う。階段から転げ落ちて死ぬなんて中島らもらしいとかさすが中島らもその死に方までギャグだ、といった杓子定規なかわいた悲しみの態度を俺はとりたくない。失望、俺は自分のこの感情を悲しみとは絶対に名付けない。伝酔したまま記ス。