部屋を片付けているとメモが出てきた。
それは幸田文の小説「髪」、の、気に入った文章を書き写したもので、
二十歳前後の俺はこおゆう文章がすこぶる好きであった。
んん、今でも好きなのだけど。
内容は完璧に忘れてしまった。とりあえず、主人公が、母親の死に接するくだり。
ながいつながりだった。それが、死んで、断(き)れて、私だけがのこった。す ぽんとした、へんな気持ちだった。順ならば親がさきへ死ぬのはあたりまへな筈 だけれど、そこんところがどうもすっと来なかった。どうしてははの方がさきへ 死んだんだらう、なぜ私があとへのこったんだらう。昔からきつい人で、なんで も私のかなふ段ぢゃなかったものを、なんのわけでこんなに脆く折れてしまった んだか、なんとなく信じがたく腑に落ちかねた。一ツには数年来離れた土地に暮 して会ふ折もなくゐたせいもあろうけれど、死別のかなしみには実感が来ず、遠 い感じばかりがしてゐた。それはなにかに似てゐる感じだった。よく知ってゐる 感じでゐて、なかなかに思ひつかず、日かずが過ぎてから、ああ雪だなとわかっ た。雪が突然ざざっと、廂をすべり落ちた、あれによく似てゐた。